2016年12月16日、プロジェクト始動から2年の歳月を経て、『VR戦艦大和』が竣工した。
日本海軍が建造した史上最大の戦艦大和を1分の1スケールで再現する――。このロマンあふれるプロジェクトを手掛けた株式会社神田技研の創業者 仁志野 六八(にしの ろくは)氏に話を伺った。
インタビュー: 池和田 有輔
仁志野 六八
株式会社神田技研 代表取締役。ゲーム開発者&VRクリエイター。1999年よりコナミ・コンピュータエンタテインメントでメタルギアソリッド3、Anubisなどの制作に従事。2008年よりソニー・コンピュータエンタテインメントでPlayStation Mobile、Unity for PSMの開発に従事。2015年10月に株式会社神田技研を設立。大の歴史・軍事マニアです。
池和田
まず神田技研さんの社名の由来についてお伺いしたいのですが、かの本田技研さんと一文字違いですよね。
仁志野
神田が創業の地で、おっしゃる通り本田技研と一文字違いだから覚えやすいというのがあります。それと、略して“神技”になるから、神コンテンツを作る「神田技研」みたいな(笑)。
神田技研はVRゲームを開発するために2015年12月に立ち上げた会社で、私個人は2014年の夏までSony Computer Entertainment(現Sony Interactive Entertainment)に勤めていました。その後退職して1年ほどは個人事業主として活動していたのですが、2015年の7月ごろにOculus RiftのDK2(Oculus Rift用の開発キット)が出荷にり、オリジナルコンテンツを作ってみたいという想い、そして軍艦マニアという趣味の部分が重なり、VRで戦艦大和を再現するのは面白いのではないかと思い立ったんです。
池和田
SCEではどのようなお仕事をされていたんですか?
仁志野
SCEで6年ほど、Unity for PlayStation® Mobile(PlayStation®Mobile専用の開発環境)の仕事をしていました。それ以前は、Konami Computer Entertainment Japanで『メタルギアソリッド3』や『ANUBIS ZONE OF THE ENDERS』の開発を行っていましたね。
池和田
『VR戦艦大和』は何人で開発されたのですか?
仁志野
CAMPFIREで「戦艦大和をVRで作ります!」と発表したら1日で100万円集まったんですよ。そのときに興味があると手を挙げてくれた方が2名いて、私を含めた3名でプロジェクトは始動しました。クラウドファンディングは最終的に2回行って、合計約870万円のご支援を頂きました。
池和田
第1回の目標金額100万円には1日で達成したと伺っています。開発を行ううえで励みになったのではないでしょうか。
仁志野
手ごたえを感じましたね。クラウドファンディングをはじめたときは、VRを体験したことがある方はごく一部で、正直なところご支援いただけるのか心配していたんです。でも、VRを体験したことがない方からも1万円や2万円のご支援を頂いて。支援者にはVR戦艦大和のOculusキー(ギフトコード)を配布しているのですが、使っている方はまだ1割くらいですね。全体で700名ほど支援者がいて、そのうち500名くらいは買うわけでなく、支援することに意義を感じている人、もしくはまだVRを持っていない人なんです。
池和田
西野さんはゲーム開発者になろうと思ったきっかけはありますか?
仁志野
私は子供のころからゲーム少年で、いずれは自分でもゲームを作りたいなと思っていました。RPGのように敵を倒してレベルをあげていくジャンルは、社会人になるとだんだん時間が取れなくなって遊びづらいのもあるじゃないですか。そこで、みんなが楽しめるように違った形で冒険できないかと色々考えていて。それで作ったのがVR戦艦大和でした。太平洋戦争時代のまったく違う世界に入っていける、戦艦に乗って見たことのないものが見られる。内部の造りはこうだったんだとか、大砲を撃つときは色んな手順があったんだとか、そういう新しいことを知って成長していく、新しいジャンルを作りたかったんです。
池和田
やりたいことが明確だったんですね。それにしても、会社を辞めて起業するのは勇気がいりませんでしたか?
仁志野
ちょうどSCEのプロジェクトが終わったところだったので、いい区切りかなと。それと、サラリーマンをやっていると、自分の作りたいものを作れない。いろいろアイデアはあるのに、それをどんどん他の人が先に作ってしまう。それが悔しくて。そこで、VRが登場したときに、「もう先を越されるのは嫌だ!」と思ってチャレンジしようと決めたんです。
池和田
実際に戦地に行かれた方に体験してもらう動画を公式ページで公開されていますよね。
仁志野
あれは結構話題になりましたね。体験していただいたのは、当時戦艦大和に乗艦していた都竹卓郎さんという方なのですが、「私はここに立っていたんだ」とか、「レイテ沖海戦のときはここにいて、同期の何々君がいて~」とか、昔のことを思い出しながらお話しいただきました。
池和田
実際にVRを体験したことによって、忘れていたことを思い出す、みたいな……。
仁志野
そうですね。通説では船内の椅子の形は丸なんですけど、「提督や艦長が座る椅子は形が違う、背もたれがたぶんあった」とご指摘をいただいたり。
池和田
当時のものを再現しようとすると、当然資料も限られてきますよね。
仁志野
資料は断片的に残っているので、それを集めて再構築しました。同時期に作られた他の軍艦も参考にしましたね。
池和田
ゲームの開発中、特に苦労したところはありますか?
仁志野
VRなので90FPSを維持するのが大変でした。それと、鉄の質感をうまく表現するのには苦労しましたね。海の色や他の細かい部分に関してはこれからもアップデートしていく予定です。
池和田
おお、アップデートは続くのですね! 大和という失われたものを再現するにあたっての苦労もありますよね?
仁志野
ボイラー室や機械室の資料は少なく、苦労しました。寸法に関しては、設計図として残っているので大丈夫なんですけど、内部のパイプやケーブルの配線は資料がないので推定で作らざるをえなかったです。
池和田
設計図しかない部分と写真しかない部分を照らし合わせながら作るといった形でしょうか。
仁志野
内部の写真は3、4枚しか残っていないんですよ。あとはリベット(重ねた金属板の穴に差し込み,一方の頭をたたきつぶして固定させる)だったのか、溶接だったのか、そこの議論はあったんですけどね。そこに関しては、この部分は溶接だっただろうという推測で作りました。
池和田
細部にまでこだわってらっしゃるんですね。と同時に自信のほども伺えます。
仁志野
元乗組員の方からお墨付きをもらったので、全体的な再現度合いは非常にうまくいったと思っています。1分の1ならではの迫力もありますしね。
池和田
開発をしていて一番楽しい瞬間、ゲーム開発自体の魅力について教えてください。
仁志野
モデラーさん、デザイナーさんの作ったものがあがってきて、それを実際に自分でUnityに組み込んで、VRヘッドセットをかぶるとそこに新しい世界が広がって見える。そこが楽しいところですね。艦橋のトップに登ってみて、そこから覗き込んだり、当時の写真が残っているので、その写真が撮られた場所に行ってみたり。
池和田
VRならではの楽しさですよね。最後に、次回のプロジェクトについて教えてください。
仁志野
実は記念艦三笠保存会の方からVRで日本海海戦を作ってくれないかというお話がありまして。VR戦艦大和は戦闘シーンがなかったのですが、日本海海戦はまさにバルチック艦隊と戦闘しているところなので面白いかなと。有名な「東郷ターン」ですね。バルチック艦隊が近づいてきて、敵前大回頭から丁字戦法で撃破したというあれです。その歴史的瞬間を追体験できるコンテンツになる予定です。
池和田
マニアの方にはたまらないコンテンツですね。神田技研さんの今後のご活躍に期待しています。本日はありがとうございました!
池和田 有輔
フリーランスとしてWEB制作・広告制作のキャリアを経て、2013年からRépublique開発チーム(Camouflaj, LLC.)に参加。ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社に入社後はエバンジェリストとしてUnityの伝道活動に携わってます。