京都駅から地下鉄で20分、風情のある建物の中、廊下奥に隣り合わせる形で2つの部屋がある。一つはパブリッシング業務を行うPolaris-X、もう一つはモバイルを中心に、様々なゲームの開発を手がけるroom6。
現在、両社は協業体制を築き、今作『サリーの法則』のNintendo Switch版リリースに向けて着々と準備を進めている。今回はそれぞれの代表でもあり、またプロジェクトの中心でもある住田、木村両氏にお話を伺った。
インタビュー: 池和田 有輔
住田 康洋
1992年バブルの勢いに乗り株式会社カプコン入社。最初の担当業務は欧州向け任天堂スーパーファミコンタイトルの印刷物の管理。1999年にi-mode事業の立ち上げに参画し、その後スマホ向けゲームビジネスとオンラインゲームビジネスの営業部長を兼務。2014年に株式会社ポラリスエックスを設立。2015年、自らの名前をタイトル名に冠した第一弾スマホゲーム「中年騎士ヤスヒロ」を配信し、現在までに計7タイトルを配信。現在に至る。
木村 征史
バブル後、1994年株式会社カプコンの入社試験を受け最終面接までこぎつけるも不採用。その後ゲームとは全く縁のない業務系開発に従事してきたが、iPhoneのローンチを機にスマホアプリを開発するため株式会社subakolabを2010年に起業。2013年より子供の頃からの夢であったゲーム開発を行うため合同会社room6を立ち上げインディーゲーム開発を行っている。
池和田
もともと『サリーの法則』(以下『サリー』)は、韓国のゲームスタジオNanaliが開発をされていたということですが、Polaris-Xさんとはどういった関係だったのでしょうか。
住田
最初のつながりは、『中年騎士ヤスヒロ』(以下『ヤスヒロ』)の日本版リリースの時です。あれはもともとは韓国のゲームで『中年騎士キム・ボンシク』というタイトルだったんです。
池和田
ええ、そうなんですか?
住田
そうなんです。そうやって驚いていただけると嬉しくて(笑)。
池和田
オリジナル作品だとばかり思ってました。タイトルを日本人の名前にして変えてしまうという話は他に聞いたことがありません。それに踏み切るというか、それを許可してくれるというのは、結構すごいことですよね。
住田
相性が良かったというのもありますが、韓国で僕が「このゲームしかない。絶対にいいからやらせてくれ」とアプローチしまして、それを喜んでくれたんだと思います。結果「住田さんのやりやすいようにやってください」と。かなり踏み込んだところまでオッケーしてくれました。
池和田
『ヤスヒロ』のようなコメディタッチのものは、その文化に従った形でローカライズ以上をやる余地があるという話でもありますよね。
住田
そこへの理解がすごくあって、「韓国の文脈の中で受け入れられるもののままでは駄目だ」という共通認識が根底にあったからこそ出来たことなんです。たとえば、ゲームのシナリオ進行はコミックが開いていくような仕組みになっているんですけども、韓国の左開きから日本の右開きに変えたんです。さらに、白紙の吹き出しがある状態では韓国のストーリーとは異なったストーリーに変更しました。
池和田
いわゆるカルチャライズですね。
住田
関西の会社が作ったようなゲームに仕立てた結果、AppleとかGoogleでもフィーチャーしていただき、高い評価をいただきました。Polaris-Xというところは、韓国のコンテンツを、日本人が「日本のゲーム?」と思ってしまうぐらいローカライズが上手だと。
その実績を元に、再度韓国に乗り込んで日本に持って来るようなゲームを探していたら、『サリー』に出会って。「このゲームを日本でやらせてください」とお願いしたところ、Nanaliさんも『ヤスヒロ』のことを知ってくださっていたので、話がトントン拍子で進みました。
池和田
コメディ路線の『ヤスヒロ』から一転して、『サリー』はシリアスなゲームですよね。
住田
それもあり、先行してリリースされたスマートフォン版『サリー』はそこまで大胆なアレンジはやっていないです。日本で受け入れやすくなるように、演出や表現を変更したくらいですね。
池和田
今回、Nintendo Switch版リリースに至ったのはどのような流れだったのでしょうか。
住田
きっかけは、スマホのリリース日まで遡ります。スマホ版『サリー』の発売日は12月15日で、この日はちょうど『スーパーマリオラン』の発売日だったんです。マリオがフィーチャーされることは確実なので、そのタイミングに合わせてストアに載せよう、マリオのとなりにサリー、つまり女の子がいたら注目される、その可能性に賭けようということになったんです。これが奏功して、これ以上ない結果になりました。弊社もNanaliさんもゲームが好きで仕方ない人たちの会社です。このスマホでの高評価に勇気を得て、憧れの任天堂プラットフォームにチャレンジすることを即決いたしました。
池和田
なるほど、そういう経緯があったんですね。
住田
しかし、やろうにも技術が必要になりますから、以前からお付き合いがあったroom6の木村さんに相談することにしました。
池和田
では木村さんにお尋ねしますが、Switch版の『サリー』開発は何人くらいで行いましたか?
木村
『サリー』のプログラマはその役割で違いますけど、4人ぐらいでやっています。デザイナー2人体制です。
池和田
木村さんの役割は?
木村
僕は、映像デザイナーが描いたオープニングなどのコンテを、もう少し詳細に落とし込む映像のディレクション、レベリング等の全体の設計をやってます。今回、プログラムはスタッフに任せました。
池和田
では今回はディレクションに専念したんですね。
木村
そうですね。今回は規模が大きいプロジェクトだったので、僕がプログラムにかかっていると、進行が滞ると思ったので。そこはしっかり作れる人にお任せして、僕はディレクションに専念しようと。
池和田
Switch版での独自要素はどういったものでしょうか。
木村
Switch版を出すにあたって任天堂さんからJoy-Conを二つを使うおすそ分けモード、2人プレイモードを作ってみてはどうか?とご提案をいただいたんです。ちょうど『サリー』も、パパとサリーが順番交替でプレイしていくというゲームシステムなので、二人同時操作でのプレイも可能かなということで。二人同時プレイをSwitch移植の目玉にすることにしました。
この2人プレイモードは開発してみると想像以上に面白くて。1人プレイの場合、ゴーストなので動きを見ながらタイミングを合わせられるんですけど、2人同時プレイだと、難易度がシングルのときと全然変わるんです。簡単だったところがすごく難しくなったり、同じステージでも全然ゲーム性が違って面白いんです。いろいろな人にプレイしてもらったんですけど必ず盛り上がりますね。
池和田
どちらのモードでも破綻がないようにするのは難しそうですよね。
木村
そうですね。一からステージ起こすというのも考えたんですけど、シングルプレイで見たステージをもう一回やってみるというところで、「全然違うやん」という驚きが自分でもあったので、それは面白いから、あえてそういう形にはしています。
池和田
開発者目線でも気付きが多そうな話ですね。
木村
そうなんです。組んでみて、遊んでみて、始めて面白さがわかったっていうのがびっくりでしたね。
池和田
ストーリーの魅力が光るゲームですよね。
木村
はい、ですが始まりと終わりがあっさりとしていました。せっかくいいストーリーがあるので、Switch版はまずはオープニングでもう少し世界観を見てもらおうということで、2分半ほどのしっかりとしたオープニングムービーを制作しました。前段階のストーリーを膨らませています。エンディングもプレイヤーに解釈をゆだねるような簡素なものから、ストーリーを明確に終わらせるような形に変えてます。
こちらで完全にストーリーを起こし、コンテから全部作っています。エンディングの絵コンテをNanaliさんに持っていったところ、本当に喜んでいただいて。
池和田
彼らが考えていた解釈どおりだったんですかね?
木村
もともとNanaliさんも「これ」っていうエンディングはあんまり考えておらず、意図的にどうとでもとれるみたいな終わり方にしていたようです。いい方向でも悪い方向でも取れますが、今回作るにあたっては「どっちでもいいよ」って言われたんですよ。
池和田
それはそれで、ちょっとプレッシャーですね。
木村
そうですね。ただ、どちらの方向も考えられるように終わっているから、そちらはroom6とPolaris-Xで考えました。スマホ版みたいなフワッとした終わり方じゃなくて、わりとスッキリ終わる感じですね。
木村
あとは、セリフとかナレーションにボイスをつけました。プレイしながら後ろで音声が流れるというかたちで。テキストで出てくるものを、サリーとパパのキャラクターのボイスを声優さんに演じてもらいました。
それからオープニングとエンディングにも曲を、椎葉大翼さんにお願いしました。インディーゲームの『From_.』とか、WAKENさんの『Solokus』のBGMを作っておられる方で、弦楽四重奏とかピアノの生演奏を使うBGMを得意とされる方です。オープニングとエンディング曲を作っていただきました。
住田
録音の仕方も生楽器を置いてデジタルでとるのではなくて、オープンリールといって、カセットテープのでっかいやつみたいな、そういう器材のある老舗のスタジオでやられてたりして、生っぽさへの追及がすごい人なんです。楽曲自体はこちらからオーダーを出したんですけど、僕は聞くたびに目がうるうるするような感じで(笑)。
池和田
全体的な完成度もだいぶ上がったのではないでしょうか。
住田
リッチ感はすごく出ていると思います。
木村
スマートフォン版はフル課金すれば1000円ぐらいになるんですけど、基本は無料で遊べるゲームですからね。やっぱり何かバリューを付けようということで、結構、頑張りましたね。
池和田
なるほど、イメージとしてはリマスター版という感じでしょうかね。
住田
そうですね。
住田
『サリー』のストーリーは、ママの死後、パパとなかなか遊べず、距離ができてすれ違ってしまう。パパと遊べなくなったサリーはその代わりに絵本が大好きになり、絵本作家になることを決意して都会に出ていく。しかし今度はパパが病気になり、再び会うための旅に出るというものなんです。そのアフターストーリーというかたちで、実際にサリーが絵本作家になったという想定で、サリーの絵本を今作っています。
オリジナルストーリーですが、あくまでゲーム内の世界観を保ったまま、サリーが大人になり、サリーが子どもだった頃のお話、または思い出のお話みたいなそういう内容のものをサリー自身が描いたという体で今、ウチのデザイナーが作っています。
これはユーザーさんへのプレゼントやキャンペーンに使ったりですとか、日本語のテキストをあまり載せないような状態にするつもりなので、GDC (注:世界最大規模のゲーム開発者イベントGame Develpers Conferenceの略)での配付も考えています。『サリー』の世界を一歩外に出すために活用しようかなと。
池和田
なるほど、世界がそれで広がっていくと。
住田
そうです。サリーの世界を手に持ってもらうみたいな、そういう接点の増やし方、楽しみ方として、この絵本はあります。Switch版が決まったと同時ぐらいに絵本を作ろうということも決まりました。今、僕の本棚の一角に絵本が15冊ぐらいあります。急に絵本の研究をしだして、若干絵本マニアになりつつあります(笑)。
池和田
本気で作られているんですね。
住田
本気も本気です。それこそ絵のタッチはどうするかとか関係者で話し込んだり、ストーリーを考えるまで何度も会議したり、相当力を入れてます。これ好きじゃなかったらできないなというぐらいやっていますね。
池和田
住田さんたちはパブリッシャーとしてどういったことに力を入れてますか?
住田
主に海外のゲームのライセンス契約を取ってきて、コンテンツを日本向けに変更し、それを弊社の名前でパブリッシングするというスタイルです。『中年騎士ヤスヒロ』がまさにそうですが、今はそこからもう一つ進めて他の国でも出すというところまでやろうとしていまして、『サリー』にいたっては日本語以外にも中国語、英語、韓国語も対応します。現在、フランス語とスペイン語も対応準備中です。
room6さんと一緒に仕事をすることになり、ゲームのプロジェクトファイルも扱えるようになったので、日本から海外にマーケットを広げるということと、スマホからSwitchなどへもプラットフォームを広げるという、この二つの方向に今、チャレンジをしているような状態です。
池和田
それはとてもやりがいがありそうです。今後は日本のゲームを海外に紹介していくみたいなことも?
木村
あります。僕がホント個人的に仲のいい日本のゲームサークルがあって、超水道さんというゲームサークルなんですけど。
池和田
おお、そうなんですね。
木村
『ghostpia』というすごく素敵なノベルゲームがあって、僕はこれが個人的に大好きだったので、個人的に声をかけて。これを今後Switchに移植して海外に持って行きたいんです。なので、これからわりと身近なインディー制作者の方達に声かけてSwitchに移植するとか、海外に紹介していくようなことを、少しずつやっていけたら、と考えています。
池和田
では木村さんにお尋ねします。room6はどういった開発スタジオなのでしょうか?
木村
うちは4年前からインディーゲームの開発、イベントへの参加を行ってます。現在のメインは他社様のゲームのお仕事で、イラストデザインなどを行っているスタジオです。自社ゲーム開発では、2Dドットで、レトロ系を意識していて、あとは可愛らしさが特徴です。
ウチのデザイナーでsainoというメンバーがいるんですけど、世界観なんかはもう、彼女の世界観を完全に体現しているという感じです。
池和田
サイトでもイラストを公開されていましたよね?
木村
そうですね。なのでわりと、room6のアイデンティティ=彼女のデザインみたいな、そういうところはあります。
池和田
新作について聞かせてもらってもいいですか?
木村
『サリー』の次の作品として『アビスリウム』が開発に入り、現在進行中です。『サリー』は、付加要素をつけたというかたちですけど、『アビスリウム』はもっと大きく変えていきたいと思っています。もともとがスマホ特化型のゲームなので、Switch版は新作に近い勢いで作り直す大きなプロジェクトになってます。今年の東京ゲームショウでのローンチ発表を目指しています。
池和田
大ヒットしたオリジナルとはだいぶ違うものに?
木村
そうです。もちろん『アビスリウム』の良さを完全に引き継ぐことは前提ですが、Switchということで、もっとゲーム性や演出をパワーアップしたいなと思っています。期待していただけるような企画で開発を進めています。
池和田
ファンの方たちの期待も大きいんじゃないかなと思います。
木村
僕らも『アビスリウム』の大ファンなので、頑張りたいなという感じですね。リリースを楽しみにしていてください!
池和田 有輔
フリーランスとしてWEB制作・広告制作のキャリアを経て、2013年からRépublique開発チーム(Camouflaj, LLC.)に参加。ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社に入社後はエバンジェリストとしてUnityの伝道活動に携わってます。