風変わりなタイトルや「言葉はない。頭をつかえ」というコピーからB級なエッセンスを感じ取り、プレイせずにいるのなら、それは大きな損失かもしれない。
『ヘディング工場』は北尾氏が20年間培ってきたゲーム開発技術を惜しみなくつぎ込んだ、紛れもない傑作だ。
インタビュー: 簗瀨 洋平
北尾 雄一郎
日本一ソフトウェアにてプログラマーとしてゲームの開発に関わる。「炎の料理人クッキングファイター好」をはじめ数本のゲーム制作に携わり「マール王国の人形姫」にてメインプログラマーを務めた後にトライエースへ移籍。ヴァルキリープロファイルシリーズやスターオーシャン3のプログラマーとして活躍。在籍中にプログラムディレクターやプロデューサーを経験し、2013年にジェムドロップを設立、以後代表取締役を務める。
簗瀨
会社は今、30人ぐらいですか?
北尾
今日めでたく新卒も入ったので、今35名です。計算していくと、年間倍以上のペースで増えていますね。
簗瀨
このままいくとあと20年で3500万人ですね。
北尾
やった~!(笑)日本の人口の約30%が社員に!
簗瀨
ホスピタリティが凄いですよね。エントランスに来訪者用のタブレットがありましたが。
北尾
来訪者があれを入力すると、社員全員にSlackで通知が飛ぶんです。なので誰が来るのかもわかるようになっていて。
簗瀨
良いアイディアですね。うちも真似したいです。他にも来訪者用の飲み物もメニューがあって会社一丸となって来る人をもてなしてくれるような。
北尾
そういうところはあるかもしれませんね。
簗瀨
やはり北尾さんの教育ですか?
北尾
それを言われると「おおぅ」ってなりますけど。創業時なんて夏場は凍らせたおしぼりを出したりしてましたからね。おしぼりはさすがに「ご飯食うの?」みたいなこともありますし、女性にはあまりメリットにならないかなと思いまして止めましたけど。
簗瀨
今、何年目なんですか?
北尾
丸4年です。独立した理由は、自分たちでものを作って売っていくのをインハウスでできる状態にしたかった。最初こそプログラマが多かったものの、徐々にゲームデザイナーとかアーティストとかを入れてバランスを整えていって、今の状況になりました。ちょうどプログラマとアーティストがだいたい1対1で、企画というかゲームデザイナーが3名とか、そういうバランスです。
簗瀨
そもそも北尾さんがゲームを作られるきっかけは?
北尾
中高生の頃は「マイコン少年」でした。MSX2から触れ始めてPC-9801に行って、そういうものでゲームを作りつつ、新卒で日本一ソフトウェアに入りました。創業されてまだ1年2年ぐらいしかたってない時期で、社員は1桁台だったと思います。3年の在籍期間を経て、その後トライエースに移籍しました。履歴書に職務経歴書を付けて送ったんですよ。そうしたら、いきなり電話がかかってきて、「いつから来れますか」って。
簗瀨
人手が足りてなかった。
北尾
ええ。当時『ヴァルキリープロファイル』の作り始めで、バトルプログラマが一人しかいなかったんです。逆にこっちが不安になっちゃって。「話を聞かせてほしいので、こちらから一度うかがいます」って、行くとその場で『ヴァルキリープロファイル』の概要を説明され、「これは面白そうだ。すぐ入ります」って二つ返事で入社を決めました。おおらかな時代でしたね。
トライエースでは『ヴァルキリープロファイル』『スターオーシャン3』『ヴァルキリープロファイル2』に関わり、『エンドオブエタニティ』のリードプログラマを担当しました。それからレベルファイブさんの『ダンボール戦機W』のプロデューサを務め、その後2013年に独立しました。
簗瀨
北尾さんにとって最初のバーチャルリアリティってなんでしたか?
北尾
実はわりと最近で、Oculus Rift のプロトタイプであるDK1なんです。VR自体は昔からあるけど、全然かぶってなかった。
簗瀨
「DK1の衝撃」ですか?
北尾
大きかったですね。それまでのVRって、フレームレートがあまり出ないのが多かったんですが、DK1は「ちゃんと追従してくる」というのが衝撃で。その後DK2が出て、ジェットコースターのデモをやったときに、これは遊べるなと思いました。
エンジニアって新しいおもちゃが出てくると、とりあえずテストしてワーって盛り上がる。でも盛り上がっておしまいっていうのが多くて。ずっと思っていたんです。ちゃんとコンテンツ作るべきでしょって。腰を据えて、この面白いおもちゃで1回ちゃんとしたコンテンツを作りたいと思ったんです。
簗瀨
DK2のときはどんなものを作っていたんですか?
北尾
DK2では『ヘディング工場』の元になる実験作を私と二人三脚でインターンの学生さんに頼んで1.5カ月ぐらいで作ってもらったんです。彼はもうウチの社員なんですけど。どういうタイプのゲームかというと、奥から砲台が弾を飛ばしてくる。その弾をヘディングで打ち返す。前の方にベルトコンベアーでお菓子の山が流れていて、それを弾で吹き飛ばして、向こうにお菓子をためる。たまにやってくる的に弾を当てると、奥のお菓子がたまっているところがせり上がって、手前がパカッと開いて、お菓子がドシャーっと落ちて……っていう。コインプッシャーに近いゲームです。
2015年の東京ゲームショウに出展したらお客さんも結構喜んでやってくれて。お菓子がすんごい巨大なサイズで降って来て手前の穴にワーッて落ちていくのが超気持ち良かったんです。そこで100人か200人ぐらいに体験してもらって、結構な人数の方から「面白い」って言っていただいたので、「これ、もうちょっとちゃんと作るか」というところからのスタートですね。
簗瀨
ある意味「ヘディングシューター」という新しいジャンルを開拓したと言っても過言ではないですよね。
北尾
そう言って頂けると嬉し恥ずかしですね。当時まだ入力装置がコントローラしかなくて。コントローラを目を塞がれた状態で持たされて「Aボタンを押せ」って言われてもよくわからないじゃないですか。だったらもうVRゴーグルだけで遊べるようにって。球が目の前に飛んでくるだけでもVRでは「ギャッ」って衝撃になる。かつ、気持ち良く前に飛ばせたらいいよねっていうのが根幹です。
簗瀨
最初に『ヘディング工場』の世界に入って扉が開くと遠くにものすごくデカい扉が見え、ずっとそこを目指して行きますよね。どのぐらいの段階でああいうふうになっていたんですか?
北尾
初期の段階でありましたね。遠くに何かあるとストーリー性が出せる、何をすべきかもおのずとわかるだろうと思ったんです。それからプロトの時点で「最初は暗くしてくれ」とリクエストを出しました。VRは暗がりからパッと開けた所に行くのがすごく気持ちいいので。
簗瀨
見ているところに球が飛んでいくじゃないですか。あれ、すごくいいアイデアだなと思っていて。頭のあたりどころによってガチで球を落とすとコントロールが難しくなりますが、見ているところに放物線を描いて飛んでいくことでもヘディング感が出ている。かなり好きなところですね。
北尾
ありがとうございます。最初はガチのヘディングっぽく「こうしたらこうなる」って作ろうとしたんですけど、でもそれってヘディングができる人にしかわからない。総人口の内、ヘディングできる人とできない人どっちが多いの?っていったら、そりゃできない人が多いわけで。
簗瀨
狙っててもヘディングする瞬間は結構ブレると思うんですが、どの時点の照準レフティをとっているんですか?
北尾
基本的には最初に着弾点を決めています。やってる感が出るように補正やマジックナンバー的なものは入っています。放物線もやや誇張して描いている感じですね。
簗瀨
オープニング画面って、「見て飛ばすんだな」ということに気づいて始めて進めるようになってますよね。そのへんの誘導、全くチュートリアルの文章もなしにやらせていくところがすごく好きですね。
北尾
ありがとうございます。相当早い段階で、文字は絶対使わない、音声絶対使わない、UIっぽい部分はタイトル画面しか作らない、っていうふうに決めてしまいました。理由はいくつかあるんですけど。まずローカライズが楽。それからコンテンツを作る時間をもっと作品側に傾けようっていうところ。タイトルとかオプションとか作っていると手が埋まっちゃうので。あとはVRだからこそ子どもも遊べるようにしたくて。
簗瀨
文字で説明する代わりにキャラクターが1回やってみせ、「自分でもこれできるんだな」と思って真似する。そういうプロセスになっていますよね。最初ゲームロジックをまだ把握してないから、あの住人を壊してくのかなって。片っ端から破壊して、後で「ホントごめんなさい」みたいに。
北尾
そうなんですよ。簗瀨さんはラストまでプレイされたクチなんですね。
簗瀨
あと、途中から敵として何かに取り憑かれた住人が出てくるみたいな、あのへんの怖さもすごく良かったですね。砲台くんがだんだん赤くなっていく。赤くなっていって、時々注射が降って来て治る。最初あの注射がなんだかわからなくて、2回3回繰り返したあとに、「あ、そうか。ここで治ってるんだ」みたいな。気づいた瞬間がすごく楽しい。
北尾
ゲームデザインの手法としては「あるある」なんですけど、創り手が懇切丁寧に説明して気づいてもらうのではなく、ユーザーさんが自然に気づいてもらった方がなんとなく「してやった感」というか「オレ、エライ」ってユーザーさんがなりますからね。ラストシーンについても勘がいい人は途中で「あれ?」って思うかもしれないですけど。大概の人は最後「うわー、そういうことだったのか!」って気づくようになっているんです。
簗瀨
途中で落下するところがあるじゃないですか。あれが逆にちょっと気持ちいい。「ああもう駄目だ落ちるー」っていうときに、あの落下を楽しんでしまうというか。スーッと落ちていきますよね。しかも、ジワジワと。落下するところのデバッグだけやりたかった。「100回ぐらい落ちてみます」とかって。
北尾
あれも最初、開発からは懸念があったんですよ。「そもそも落としちゃっていいの?」「そんなに落ちてしんどいんじゃないの?」とか。でもまあ……意外と「落ちるってわかってるからいいじゃん」っていうか、「あーもう駄目だー」とか言いながらピューって落ちて、またやり直しってのは良い意味で、清涼剤じゃないですけど。
簗瀨
そうですね。特に「酔わなさ」ってすごくきっちりできてるなと思うんです。直線加速度を需要する耳石器は微量の加速度では反応しないので、低加速度の移動なら視覚のみの刺激でも酔わないんですよね。ヘディング工場はゆっくりゆっくり進ませている。理にかなってますね。
北尾
そう、ゆっくり進んでいくというのは最初に答えを出したんです。そのあと意外と手こずったのが、出発し始めとストップでした。出発し始めはちょっとだけ加速しているんですが、最後はピタッって止めるようにしてあります。普通の車ならゆっくりブレーキを踏んだ方が気持ち悪くないんですけど、VRでゆっくり止まると気持ち悪かったんです。仮説なんですけど、ゆっくり止まると、いつ速度がゼロになるか、頭の中でカーブが描けなくて気持ち悪いんですよ。でもピタリと止まると、もう止まっちゃったから、先の推測と脳とのズレが起きにくいっていうのがあって、気持ち悪さが最小限に抑えられたんじゃないかなと。
簗瀨
多分、進行スピードは、ディズニーランドのイッツアスモールワールドに近い。
北尾
まさにそこに相当寄せましたね。というか最初、イッツアスモールワールドっていうコンセプトが私の中にあったんですよ。ああいうふうに住人を置いたのも実はそれで。ライドものって、流れたあとに後ろを見ると結構状況が変わったり、「あ、そんなところに!」ってなるじゃないですか。それが何度も乗っちゃう理由だと思っているんです。だから僕らがVRでライドものを作っても普通の人が入り込みやすいだろうし、きっとそういう体験ができるはずだと。
VRならではの要素として、奈落状態の世界に対して縦軸方向に対して住人を置いて「おお!」「あー」っていう気づきができるんです。一般的なアトラクションにはできない、あんな空の上の綱渡りな超危険地帯を動かすことがVRならできるんですよね。高低差のある世界観やヴィジュアルについては、アートディレクターが相当頑張ってくれました。
簗瀨
アトラクションで言うとピーターパンとかE.T.は、結構下の方からバッて出てくるけど、遠景の表現がたいへんなので夜にするしかない。でもVRだと「これでもか」っていうぐらい下にものを置ける。
北尾
それはやりたかったことの一つです。VRはみんなリアルワールドを再現しようとするんですが、「せっかくならそうじゃない方がよくね?」っていうのはあります。
北尾
僕らはゲームの会社ですけど、ゲームじゃないコンテンツも面白そうだったらなんでもやる姿勢です。簗瀬さんにご紹介いただいたCerevoさんの『Taclim』っていう、グローブとサンダルをつけて遊ぶVRデバイスのデモ制作に関わらせて頂いたのもその一つです。
簗瀨
それについて良いなと思うのが、ゲームを生かしてノンゲームをやっていることで、他業種の方々に「ゲームの人ってすごいな」って思ってもらえることですね。すごく大きなメリットだと思う。
北尾
そうですね。僕らがすごい技術を持ってるってあんまり鼻高々には言いたくないんですけど。でもやっぱり必要とされる技術だったり、ノウハウも、ゲームってすごく洗練されているじゃないですか。
簗瀨
僕はゲーム開発の中ですごいと思うところって、「これでいいんだ」っていう、その瞬間なんですよ。つまり、「これと、これと、こんなことやったら面白いんじゃないか」っていうのは、素人でも考えられるんだけど、プロの人は、「これがあれば十分」っていう判断をちゃんとできる。一つ一つで言うと今まであったノウハウだったとしても、それを組み合わせて『ヘディング工場』作った人はいないわけで、そこのクリエイティビティってすごいなと思うんです。
あとは決断ですね。「これで良いんだ」って決断する胆力というか、不安になるとどうしても余計なものを足したりしますからね。
北尾
例えばこのゲームではプレイヤーにセーブをさせる機能はありませんが、開発は「少なくともリセットして最初からゲームを遊ぶっていう選択肢が必要なんじゃないの?」って言うんですよね。「いや、絶対そういうイレギュラーなところは入れちゃ駄目なんだ。これは線形で進むゲームで、そういうUIをユーザーに機械的に与えちゃ駄目だ」って言って、そこは徹底しましたね。
簗瀨
デメリットがあってもやるっていうのは、価値があるからだと思うんですよ。ついでにセーブの仕方がわからなくても絶対にSNSで話題になる。
北尾
それは、結果そうなりましたね。Twitterでも「あれ?これどこでセーブするの?」「いつはずすの?」「いつ休憩するの?」とかね。要素は極力そぎ落とし、説明は最初の「頭を強く振るゲームです」くらいに留め、ゲームの起動時に昔のファミコンと同じで、カチャッと入れたらすぐバッって始められるようなものを目指しました。
簗瀨
今後についてはいかがですか。
北尾
先日韓国語版が出たばかりですが、北米と欧州はこれからですね。先日VRLAというロスアンゼルスで開催されたVRイベントにも出展したのですが、大変好評でした。海外でリリースした際の反応は今から非常に楽しみです。
簗瀨 洋平
学生時代からゲームデザイナ/シナリオライタとしてゲーム制作に携わる。主なプロジェクトは『ワンダと巨像』『Folks Soul 失われた伝承』など。代表作は『魔人と失われた王国』。現在はユニティ・テクノロジーズ・ジャパンで学術・教育方面を担当しつつ研究者として活動。