2017.03.13
助けてタコさんについて
Christophe Galati
助けてタコさん
Deneos Production

インタビュー・翻訳: 矢澤 竜太

プロフィール

Christophe Galati

フランス南部出身のインディー開発者。12歳の時RPGツクールでドット絵と脚本を独習、後にパリでデザインとプログラムを修める。19歳でゲームボーイ25周年に合わせ助けてタコさん製作開始。TGS 2016とBitSummit 5では来日もしている。

助けてタコさんについて

最近はどんなゲームをプレイしていますか?

最近はあんまりゲームを遊べていないですね。日本のゲームが大好きで、特にRPGとレトロゲームが大好物です。もちろん視点をできるだけ柔軟にしておくため、ジャンルを問わずゲームは遊ぶようにしていますけど。それから任天堂のファンです。『ポケモン』最新作にはそうとう時間を費やしましたし、Switchで『ゼルダ』を遊ぶのも今から楽しみです!

ゲームクリエイターになろうと思ったきっかけはありますか?

兄がゲームコレクターで、幼いときからいろんなゲームを遊べる環境だったんですね。12歳になった時にRPGツクールでゲームを作るようになって、その時初めてストーリーを書いて、ドット絵を打ちました。やがて作り続けるうちにゲームは僕の感情を表現する手段になり、日常生活から抜け出して自分の世界を作れる場所になったんです。18歳になると、故郷からパリへと引っ越して、ゲームデザインとプログラミングを勉強しました。その後ゲームジャムに参加するようになったんですが、それが縁で別業種の会社に就職することになったんです。だから『タコさん』を作るというのは、インディーシーンへ飛び込むための大きなジャンプだったんです。今は22歳ですが、東京ゲームショウで自分のゲームを展示できたことは自信につながりましたし、ゲーム開発を仕事にするという決断は間違っていなかったんだ、って思えるようにもなったと思います。

お気に入りの ゲームボーイタイトルは何でしょう?

『タコさん』は僕が愛したゲームボーイタイトルすべてが融合したような存在なんです。特に好きだったタイトルといえば…『ゼルダの伝説 夢をみる島』、『星のカービィ』、『聖剣伝説』、『メトロイドII』、『カエルの為に鐘は鳴る』、『サバイバルキッズ 孤島の冒険者』、『スーパーマリオランド2』、そして『ポケモン』ですね。作中にはオマージュが仕込んであるので見つけて楽しんで貰えると嬉しいです。

深いゲームボーイ愛を感じるのですが、特にこだわった点は?

本作はゲームボーイへのトリビュートとして作っていたので、可能な限り技術的制約も再現したいと考えていたんです。ズームや回転といった機能は使わないようにしていますし、カラーパレットも同じにしてあります。一方ではあえて再現しなかった技術的制約もあって、たとえば解像度や画面に描画できる最大スプライト数なんかは守っていません。最大のこだわりは「当時のスプライトに近いものを作りながらも、独自のスタイルを確立すること」でしたね。遊んでくれた人が「○○ってゲームボーイタイトルを思い出した」と言ってくれることが多いんですが、そのタイトルが人によって違うので、目標は達成できたかな?と思っています。

個性的なキャラクターたちはどうやって生まれたのでしょうか?

まずゲームの世界観を詰めることを重視します。そこにどんどん細部を補足していき、ユニークでプレイヤーに刺さるものを作っていく。僕のスタイルはハードなテーマをカワイイアートで見せるというところです。僕にとってインディーって「自分だけのファンタジーのなかでユニークなシーンを作れるということ」なんです。キャラクターを作る時はできる限り印象に残るように心がけています。それから、全員に背景設定も用意して、ゲーム中で見つかるようにもしていますかね。アートデザイン面では「このコをグッズ化するとしたらどうなるかな?」って考えます。ぬいぐるみ、アートワーク、フィギュア、そういうものがスッと浮かんできたら、十分に印象強いキャラクターになったなって判断します。キャラクターが普通すぎて他のキャラクターと混ざってしまうなと感じたら、アートデザインを変えるようにしています。

特に苦労したことはありますか?

ゲームの開発という点では特に苦労したことはないですかね。本作を作るためにUnity 2Dツールの使い方を覚えたんですが、やってみるとピクセルパーフェクトと2D物理演算ってうまく合わないなと思ったんですけど、それもなんとかうまくやる迂回策が見つかりましたし。作り始めた時は自分の技能にあまり自信がなかったので、自分が思い描いたものをちゃんと作れるか不安だったんです。でも本気で取り組んだら大体のことはできちゃうものなんですね。余暇時間にゲームを作るようになって約3年が経ちますが、やっぱり作業できるのが夜だけというのがつらいですね。昼間は会社勤めで他のゲームを作っていましたから。苦労した点というとやっぱりこの、余暇時間のほとんどをゲーム作りに費やしていたことです。幸運なことに、最近会社を退職したのでこれからはフルタイムで取り組めるようになりますけど。

開発していて、一番楽しい瞬間はどんな時ですか?

最初はプロトタイプを作っているだけの気持ちで、最後まで作り上げるつもりじゃなかったんです。当時からストーリーだけは頭の中にあったんですけどね。その後ゲームボーイ25周年に合わせてデモを作りました。当時はジャンルとしてはランナー系のゲームだったんですよ。でもオンラインでの反応に後押しされる形で、一本のゲームにしてみようかっていう気持ちが固まってきて。今はとにかく完成させて、プレイヤーの皆さんがストーリーにどう反応してくれるかを見るのが待ち遠しいですね。開発していて最高の瞬間は、自分の描いた世界が生き出す瞬間を見られることですよ。作ってるゲームを見ながら「それももちろんできるよ!」って言えるのって素敵です。イベントとかでゲームを楽しんでくれる人たちの姿を見るのも素晴らしい体験でした。この作品は僕を成長させてくれたんです。アーティストとしても、開発者としても、人としても。

ゲーム開発以外で大切だと思う時間はありますか?

インスピレーションは色んなものから得るように意識しています。歴史を勉強するのも好きですし、神話や伝記なんかを読み込むのも好きです。『タコさん』の中にも、歴史上の人物をモデルにしたキャラクターがいるんですよ。それから最近はポップカルチャーとアートの歴史についてもっと知ろうと思って活動しています。あと好きなものと言えば…ホラー映画、日本のアニメ、宝石、自然ですかね。

新しいプロジェクトの予定は?

ふふ、まだ分かりません。今後もインディーとして活動していくかもしれませんし、フランスで就職するかもそれませんし、外国で働くかもしれません。結局、『タコさん』がどうなるか次第ですね。本作を作っている途中でアイデアはたくさん浮かんでいるので、そのうちのひとつが次回作になるかもしれません。それから、『タコさん』製作開始前には本も書いてるんで、次のプロジェクトはそれを出版することになるかもしれませんね。それからゲーム以外のアート手法も試してみたい気持ちはあります。もちろん主軸はゲームですけれどね。

最後に、日本のゲーマーの皆さんへ一言!

日本のプレイヤーの皆さんには本当に感謝しています。デモを最初に体験し、以来サポートしてきてくれたのは日本の皆さんでしたから。ある時学校の講師から「西洋人に日本のゲームは作れない」って言われたんです。僕は「誰もが魅力的だと感じるゲームは、誰にだって作ることができる」って証明したかった。僕は日本の文化が好きなので、自分が作ったゲームのおかげで日本を訪れることができたのは本当に夢が叶った気分でした。昨年の東京ゲームショウで日本の開発者さんやプレイヤーの皆さんに会えたことは、ただただ光栄の至りだったとしか言えません。いつか再び日本を訪れたいですし、あるいは日本で働けたら素敵だなと考えています。もしかしたら今年、完成した『タコさん』を携えて訪れられるかもしれませんけれど(?)

プロフィール

矢澤 竜太

英日翻訳者。現在の主戦場はゲーム開発関連とesports関連翻訳。過去にはゲーム開発会社勤務や架け橋ゲームズ立ち上げなどを行ってきた。現在はフリーランス。イラスト:Mitsu Hiraiwa

助けてタコさん

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