2017.04.14
和尚が語る、ゲーム作家という生き方
いたのくまんぼう
お水のパズル a[Q]ua アキュア
Ninebonz

『お水のパズル a[Q]ua(アキュア)』は、水の流れでアヒルを導きゴールさせるパズルゲームだ。
かわいらしいアートワークで、子供たちから大きな人気を博している。

開発者は、いたのくまんぼう氏。作務衣に坊主頭の風貌をトレードマークとしている。話し振りも芸人のように軽妙で、一度会えば忘れられないキャラクターの持ち主だ。一方で、スマホアプリ開発のコミュニティを牽引する存在であり、同業者からの人望も厚い。

そんなくまんぼう氏に、「ゲーム作家」としての生き方を中心に話を伺った。

インタビュアー:伊藤 周(ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン)

プロフィールフォト

いたのくまんぼう

神奈川工科大学非常勤講師。コンシューマーゲームプログラマーとして不思議のダンジョンやサウンドノベルなどのシリーズに関わる。独立後はスマホアプリが主戦場。制作したアプリが国連から賞を頂き表彰式のためアブダビへ招待される。最新作のパズルゲームは各アプリストアで幾度もオススメに選ばれている。アプリ界の相談役として、周りからは「和尚」の愛称で親しまれている。

『街』の頃

伊藤

まずは和尚さんのキャリアについて聞かせてください。

くまんぼう

はい。以前はチュンソフトで、かれこれ12年間ほど働いていました。14年前に退職し、そのあとはずっとフリーです。元チュンの仲間たちとゲーム制作チームを作り、リーダー的なことをやった時期はありましたけれど、それ以外はフリーですね。チュンソフトの話がもうだいぶ昔話なんですよ。『街』を作り始めたのはセガサターンのハードがまだ出ていない頃で、サターンが終わる頃に出したという。なんというか、非常にゆっくり作りましたね。

街 〜運命の交差点〜

チュンソフトが開発・販売した『弟切草』『かまいたちの夜』に続くサウンドノベルシリーズ第3弾。実写をふんだんに使った構成は当時のデジタルゲームとしては異例であり、意欲的な作品としてその後数多くのプラットフォームに移植された。膨大な数の俳優が出演しており、その中には当時無名であった伊藤さおり(北陽)や窪塚洋介の姿も見られる。

Wikipedia

伊藤

『街』は実写を使った意欲作でしたよね。私も大好きです。

くまんぼう

実は出演もしています。コスト節約のための内輪のエキストラを「内トラ」って言うんですけど、プログラマーからデザイナー、サウンド担当まで、だいたい内トラとしてどこかに出ていますね。僕は警官役で、検索するといまだに二十代の頃の私の写真が出てきます。プレイボーイの男の子に赤ちゃんが出来てしまうシナリオで。

伊藤

若い(笑)。これって確かBADシナリオのやつでしたよね?

くまんぼう

そうです。俺が出るとBADエンド。渋谷で撮影したんですけども、確か当時は撮影許可が下りなかったんです。とあるドラマの撮影に人が集まりすぎてパニックになってしまったらしくって、以来渋谷では許可がほぼ取れない時代だったんですね。だからゲリラ撮影的にやりました。警官の格好でしたけど。

伊藤

それは‥‥なかなか危ないですね‥‥。

くまんぼう

そう、かなり危ないんですよ! ロケバスの中で警官の衣装を着て、その上にコートを羽織って撮影の所まで行き、「撮ります」ってスタッフが声をかけて撮るんです。静止画なんで止まったままなんですけど。そのとき後ろから、スタッフが僕のコートをスッと取ってくれるんです。これ、気持ちいいんですね、芸能人になったみたいで。そのままカシャカシャッっていろいろな角度から撮ってると、だんだん周りで「なんか撮影やってる」「誰だろう?」「知らないなぁ」みたいな声が聞こえて。「まあそうだろうなあ、こっちはただのプログラマーだし」と思ったり。

伊藤

いい思い出ですね。そのとき何年目だったんですか?

くまんぼう

8年目とかでしたね。もうベテランだったし、一応メインプログラムを任せられていたので。

伊藤

おお、『街』のメインプログラム、和尚さんだったんだ。

くまんぼう

『街』や『風来のシレン』のGB版の2などもメインで、一応サウンドノベル、不思議のダンジョン共にメインをやらせて頂きましたね。

伊藤

じゃあ『トルネコの大冒険』の誕生にも立ち会ったわけですね。

くまんぼう

そうです。一番初めの仕事がスーパーファミコンの『トルネコ』の町部分とデモシーンのプログラムでしたね。チュンソフトに入ったのが『ドラゴンクエストV』の発売の一週間前で、すぐに「これやっておいて」ってできたての製品版を渡されて。発売一週間前だったんですよ。もう、家じゅうの窓を全部開けて、周りから見られる状態にしてプレイしたかったですね。むっちゃ自慢したくて。「俺、発売前にドラクエやってんぞ」って言いたくて(笑)。

ゲームを作って生きていく

伊藤

ゲームクリエイターを志したのは?

くまんぼう

子供の頃からゲームが好きだったんですよ。初めて触ったゲームはブロック崩しかインベーダーなんですけど、画面の中にあるものを自分の意思で動かせるということがすごく衝撃的な体験で。でもゲームセンターってその頃は学校で禁止されていたのであまり行けなくて。パソコン、当時はマイコンって呼んでましたけど、に触れたのは、中学・高校の頃ですね。マイコン部に入って、初めて作ったゲームがその当時の文部省がやっていた全国高校生マイコンソフトコンテストというので賞を頂いて。それでゲームを遊ぶことだけではなくて、作る方の面白さにもとりつかれて。その後、大人になってから、東京出てくる言い訳として、保険やクレジットカード関係のプログラムをしている会社に入りました。でも3年間で辞めるって決めていたんです。普通の会社に入ったのは、一般的な、要は社会常識を身につけようと思ったからなんです。これ、変な話なんですけど。

伊藤

あー、何となくわかります(笑)。

くまんぼう

ゲーム会社だけだと「一般的な常識が身につかないんじゃないか」という恐れを実は抱いていて。

伊藤

それはいくつくらいだったんですか?

くまんぼう

19、20歳くらいです。で、実際3年経って、まさに3年目ぴったりの日に上司に「お話しがあります…」と。上司はすぐに諦めた顔で「ゲームか…?」って、もうばれてたんですね。それで、ゲーム業界に転職しようとしたときに、まず参考にしたのが「ゲーム業界就職読本」という本です。当時はゲーム業界の各給料とボーナス何カ月とか、会社の規模とかが書かれていて。ドラクエは大好きだったので、チュンソフトは憧れの会社でしたね。ボーナス額も年間8カ月だか10カ月って書いてあって、ダントツに良かったんです。そこにダメ元で受けたら運よく入ることができて。

伊藤

ボーナスの話は本当だったんですか?

くまんぼう

ホントでしたよ。ボーナスが年に3回とか出たこともありましたし。
チュンソフトはいい意味で大学のサークルの延長線上の空気が残っていて。当時、東京ゲームショーのあとにゲーム業界の人が集まって100人ぐらいで飲む交流会をやったときがあったんですね。大手から中小メーカーまで多くのメーカーの方が集まっていて、順番に自己紹介していったんですが、僕の自己紹介で会場がザワついたのが「ウチは締め切りがないです」という。

伊藤

どういう意味ですか?

くまんぼう

その当時は中村光一さんが「うん」って言うまで作り続ける姿勢だったんです。締め切りは一応決めてはいるけど、納得いかなかったらどんどん延ばすという感じで作り込めたんですよね。だから良いゲームが作れたんだと思うし、作っていてすごく楽しかったですね。

伊藤

フリーになるきっかけは?

くまんぼう

ゲームの中の世界をまるまる全部自分で作りたくなってきたんです。チュンソフトは大好きで残りたかったんですけど、飛び出さないとやりたいことができないと思ったので、その時は思い切りましたね。

『アキュア』の誕生

伊藤

『アキュア』の開発はどのようにスタートしたんですか?

くまんぼう

ざっくり言うと、以前から水を使ったゲームを作りたいと思ってました。とはいえ、どういう形にまとめられるかを考えてなくて。パズルのアイディアはお風呂入っているときに思いついたんです。桶でお湯をすくって物を運ぶ。水で物を運ぶという内容にしたらパズルになるなと思って。

伊藤

水の表現は良くできていますよね。こだわりを感じました。

くまんぼう

ゲームって手触りがすごく大事だと思うんですね。ボタンを押したときにどれぐらいで反応が返ってくるのかとか、反応だけではなく動きですとか。僕は画面の中におもちゃを作っているつもりで作っているんです。もちろんゲームとしてのルールはあるんですけど、それ以前に「ただ触って楽しいか」とか「おもちゃとして成り立っているか」とか。それをポリシーとして持っているんですね。

『アキュア』はパズルなんですけど、こうじゃなければ解けないというのはほとんどないんです。全60面のうちパズルとしての手応えがあるのは後半の面ぐらいで、あとはもう好きにぐちゃぐちゃってやってても解けてしまう。そういう作りにわざとしているんです。パズルとしての側面がありつつ、おもちゃとして遊べる。水がバシャバシャっていって、アヒルがビョーんって飛んでいって、「ギャっ」てゲームオーバーになる。それを見て「わはは」って笑っている。それでいいんですよ。

伊藤

本当にお風呂場で遊ぶ感覚ですね。

くまんぼう

そうです。お風呂でおもちゃで遊んでいるのと同じようなことが、手触り感としてできるというのはこだわった部分ですね。

伊藤

デザインはどなたかにお任せしたんですか?

くまんぼう

アセットや写真素材を使ったりしてますが、基本的に全部自分でやっています。Photoshopを一応使えるので、ある程度のことはできます。

伊藤

ということは、完全に一人ということですね。

くまんぼう

そうですね。特に「可愛い」「楽しい」「ファミリー」というのをキーワードとして考えて作ってまして、そういったメッセージを込めるのには一人で作った方がブレなく煮詰めれますし。おかげさまで、GoogleさんもAppleさんもストアでおすすめとしてフィーチャーしていただけて、ストアの人とお話したときに「親子で遊んでいる姿が目に浮かんだ」ということを言ってもらえたので、伝わるものだなと思いましたよ。同時にそういうキーワードを込めることは大事なんだな、というのはすごく思いましたね。

伊藤

ちゃんと気づいてもらえたんですね。

くまんぼう

すごく報われた気がしましたね。メッセージなんて伝わらないのが普通ですし、わざわざ「メッセージはこれだ!」っていうぐらいやってしまうとカッコ悪いわけで。Amazonでもフィーチャーしていただけて、いろいろな特集とかも含めて計8回、三つのストアでフィーチャーしていただけたので、それはだいぶ助かりました。それで続編というか、『よつばと』のダンボーというキャラクターに差し替えたコラボバージョンを出しました。

伊藤

それは別アプリとして出されたんですか?

くまんぼう

そうです。家具とかを集めて並べるモードとかが入っていたりとか、またちょっと新しくなっているんですけど、ゲーム内容は一緒で。アヒルを集めていったやつを並べて見ることができて、その部屋を水の流れでめちゃめちゃにして遊べるようなコレクションモードを入れてあるんです。

伊藤

確かにコンセプトは同じですよね。

くまんぼう

ダンボーはなかなかコラボの許可が下りないらしくて、某大手ゲームメーカーのプロデュサーの方もびっくりしていた、と伺いました。よつばスタジオさんまで直談判に行った甲斐がありましたね。

和尚というブランディング

伊藤

そもそもなんで和尚の格好をしているんですか?

くまんぼう

もともと和服が好きだったというのもあるんですけど、坊主頭はチュンソフトの時ですね。『街』が発売まで5年かかり、二度目の発売延期のときに、気合を入れるために丸坊主にしたんです。

伊藤

それ以来ずっとですか?

くまんぼう

そのあとはずっとですね。チュンのときに少しホストクラブで働いていたことがあって、そのときの頭は全然こんな状態じゃなかったですけど。『風来のシレン』のプログラムしながら夜はホストクラブっていう。

伊藤

ホスト(笑)。そんな話、書いちゃって良いんですか?

くまんぼう

隠していないので大丈夫です。チュンは副業、NGじゃなかったんで。同業種じゃなければオッケーだったんです。夜働き始めてしばらくしてから社長(中村光一さん)に聞かれましたよ。「ホストクラブ行ってんの?」って。「はい」って言ったら「ま、プログラムに影響でなかったらいいけど」って。大丈夫なんです。

伊藤

すごいですね!でも、なぜホストクラブなんですか?

くまんぼう

まず、昔から基本的に人を楽しませる、笑わせるという事が好きなんですね。で、ゲームを作るというのもそういう意味では同じサービス業だと思っていて、どういったときに人が楽しいと感じるのか喜ぶのかと言うことを学ぶのに、目の前でお客さんの反応を見られる客商売というのはじつは凄くいい修行の場だと思っているんです。あとは親が飲食店など客商売を凄く楽しそうにやっていたので、その影響もあるかと。それで、どうせやるのならそういう物の中でも際だった物がいいかなと思いまして。その他にも某有名テーマパークとかでも働きましたよ。

伊藤

なるほど。しかしホストから和尚へというのもおもしろいですね。

くまんぼう

独立してから個人として生きていくうえで、やはり人に知ってもらわないといけないというのをすごく思い始めまして、知られていないということは存在していないのと同じだなと、ある日ふと思ったんですよ。もともと人前に出るのは嫌いではなかったというのもあるんですけど、セルフブランディングとして、人に覚えてもらいやすくというのを意識して。それで「どうしようかな」って最初悩んだんですけど、実はいくつか悩んだキャラがあって、オネエキャラと上半身裸キャラとか。裸キャラはちょっと辛いので(笑)。

伊藤

特に今(インタビュー時は冬)とか時期的にも辛い場合がありますね。

くまんぼう

そう。だからオネエと和尚で迷って。和尚の方が頭坊主だし良いだろうと。和服も好きなので。

伊藤

実際は和尚でもなんでもないんですよね?

くまんぼう

実家は焼肉屋です。無理矢理つなげるとしたら、実家で沢山の牛たちの命を商売の種にしているわけじゃないですか、その牛たちを供養するために…と言ってます。

伊藤

でも、人によってはお坊さんがアプリを作っている風に‥‥。

くまんぼう

そう思ってくださってもいいんですよ。それは皆さんの心の中にあるものだから。だって、僕電車に乗っていておばあさんに手を合わされましたもんね。その心は無碍にしちゃいけないなって、僕も拝み返しました。「ごめんなさい、ホントはプログラマーなんです。」って思いながら。あ、でも、私の名前「くまんぼう」を名乗るに当たってその名前の元になった地元のお寺に挨拶に行って、正式に許可を取って名乗らせて頂いてるので、全くご利益がないわけではないかと…。

伊藤

(笑)。

くまんぼう

でも、イベントや勉強会などで100人集まった中で、僕にちょっとでも興味を持ってくれて話をしてみたいと思った人が、僕を見つけられるかどうかってすごく大事だと思うんですね。「あなたの顔を知らない人が、あなたのことを100人の人の中から見つけられると思いますか?」って聞いたら、普通みんな「それは無理だろう」って言いますよね。僕は自信をもってYESって答えられます。「和尚」だって事さえ認知してもらえてたら間違いなく見つけてもらえる。

伊藤

確かに。

くまんぼう

それが結果として、いろいろなコラボであったりとか、人の縁がつながり、そしてダンボーのアプリにつながっていくとしたら、意味はありますよね。

伊藤

実際、ゲームアプリ開発者ってセルフブランディングを結構強く打ち出す方が多いですよね。

くまんぼう

そうですね。だって作ることもPRも全部自分でやらなければならないので。ゲームを作ることと売ることって両翼だと思うんですね。二つの翼がそろわないと飛べないと思うんです。ちょっとカッコつけた発言ですけど(笑)。でも、本当にそうだと思うんですね。どちらかが欠けてしまったら飛び立てないので、バランスよくできるよう意識はしていますね。

伊藤

そのあたり、中村光一さんにも通じる気がするんです。チュンソフト自体が、セルフブランディングしていましたもんね。

くまんぼう

だと思います。だからそういうのも見て、肌で感じてきているからなのかもしれないですね。あるとき、某匿名掲示板に「飯テロ坊主」って書かれてるよって人づてに聞いたことがあるんですが、すごく嬉しかったです。「俺のメッセージ届いている」と思いました。だって僕のTwitter見て、ご飯の写真をよく投稿する奴だってことまで認識したうえで非難しているんですよ。ある意味、僕のファンなのかなって。知られてないよりは全然いい、「ちゃんと見てくれてありがとう」って思いました。

仲間、そしてゲーム作家であるということ

くまんぼう

僕、モチベーションの燃やし方は内燃型と外燃型の2種類あると思っていて、僕は内燃型なんです。昔からゲームを作りたいというモチベーションは勝手に中から出るので補充がいらないんです。なので情報だけ制御すればアウトプットされていくんです。

人によっては他人の作品を見て嫉妬するとか、怒りをモチベーションに変えるとか、いろいろなタイプの方がいるんですけど、外的要因でのモチベーションになってしまうと自分でコントロールきかないんですよね。その辺り、僕は内燃型なのであまり左右されないというか。パソコンの前に座ったら日常の習慣としてゲームを作っている感じかなと思います。

伊藤

和尚さんはコミュニティの仲間たちの成功を傍らで見ていてどういう気持ちだったのかな、思っていたんですけど、あまり左右されることはなかったんですか?

くまんぼう

もちろん「すごいな」と思っているときもありましたし、嫉妬もゼロではなかったけど、ある程度すごいなって思わせてくれる奴の方が仲良くなれるというか。変な言い方ですけど、「すごいね」って言いながら「いつかは見てろよ」と思わせてくれる奴らの方が付き合っていて楽しいですからね。それも、片方からだけじゃなくてお互いそう思えるのがいいと思うんですよ。お互いにどこか認めるところがあるから付き合っていけるんだと思っています。友でありライバルであるというジャンプ的な関係が熱いなって。

伊藤

確かに。それがゲーム的な素晴らしさであると、よりね。「負けられないぜ」ってなりますからね。

くまんぼう

売り上げというスコアで負けているときがあったとしても、作っているプロダクトは負けていないと思えればいいでしょうし、その逆でもいいでしょうし。自分のプライドの重要な部分がブレなければ良いんですよ。

伊藤

なんとなくですけど、そういう意味では漫画家に似ていませんか?

くまんぼう

だからアプリ界のトキワ荘って言っていますよ、僕ら。現代のトキワ荘だなって。自分もゲーム作家としてずっと生きていきたいですね。

伊藤

「ゲーム作家」という選択肢があるのは良い時代になってきたと思います。

くまんぼう

ええ、ここ数年の中で出てきた選択肢ですが、多分そういう生き方をする人は増えていくんだと思います。個人開発というスタイルで仕事ができるようになったのは本当に良いことだと思っていて。あとは誰でもゲームを作ろうと思えば作れるという環境があることが大事だろうなと思い、超初心者向けの本を出しました。

「UnityではじめるC#」 プログラミング初心者にもお勧めできる内容です

くまんぼう

ゲーム業界にとっても、将来のクリエイターが育つためにも良いことだと思ってますから。続く世代のゲームを作って生きていきたいと思う人たちにのためにゲーム会社に就職する以外の選択支もあること、つまり「ゲーム作家」という生き方のパスを示していくのは我々世代の命題だと思います。

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