ゲームというものは作り手自身を映し出す鏡のようなものだという気がしてならない。
それが個人制作であれば尚のこと、人柄や趣味嗜好、倫理観、知性、手癖、ある種の偏りなど、あらゆるものが投影されているように思う。Made with Unityを通じ、多くの方々にインタビューを行うごとにその思いは強くなった。あるいは過去にどんなガールフレンドと付き合ってきたのか、なんてことも反映されているのかもしれない。
さて、今回取り上げる『MeltLand』は独特の風合いとリズムを持つ作品だ。
プレイヤーは美しくも無機質なようで温かみがある世界に放り出され、慎重にゴールを目指すステージクリア型のゲームだ。先に進むには冷静さと正確さ、そして少しのひらめきが要求されることになる。
硬派で淀みのない雰囲気は、開発者である箱崎さんの持つ空気感さながらに心地よいものだ。
あなたが未プレイであれば是非、遊んでみてほしい。
インタビュアー:池和田 有輔(ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン)
インタビュー: 池和田 有輔
箱崎 正崇
『MeltLand - メルトランド -』の作者。 個人でアプリ開発をしている。
池和田
箱崎さんのお仕事はインテリアデザイナーだと伺いました。
箱崎正崇(以下箱崎)
美大でインテリアデザインを学び、卒業後にデザイン会社に入りました。今もインテリアの仕事を続けています。
池和田
ゲームを作るとなるとコーディングが壁になるのではと思うのですが、もともとプログラミングの素養があったのですか?
箱崎
プログラミング自体は小学2年生からやっていたんです。Basicをメインに、処理速度が必要なところはマシン語を直打ちしたりもしていました。それがとても楽しくて当時はプログラマーになりたかったんです。でも、いわゆるもの作りが好きでそれを仕事にしようと思い、進路は美大にしました。社会人になっても3DCGソフトやAdobe製品などのプラグインを書いたりとプログラミングは役に立っていました。
池和田
では、プライベートでアプリ開発を始められたのはどういった経緯だったのでしょう?
箱崎
2008年にAppleが自由にiOSアプリを開発、配信出来るようにすると発表したのがきっかけです。そのタイミングで制作を始めてみました。最初のリリースは『Wa Kingyo – 和金魚 -』という、水に触れる気持ちよさをタッチデバイスで表現したアプリです。
池和田
箱崎さんの作品はインタラクティブな体験ができるものをまず作り、あとからゲーム性を追加しているような印象を受けます
箱崎
僕の作るものはまず手触りや気持ちよさなど表現したいものがあり、それをどうしたらゲームになるかな?と考えるもので、言ってしまうとゲーム性は後付けではあるんです。『Wa Kingyo – 和金魚 -』ではチャプチャプと波打つ水面を実装していたのですが、その水面上で玉を転がしたら楽しいのでは?と思いつき『MeltLand』に発展しました。
箱崎
僕、もともと水そのものが好きなんです。よく温泉やプールで水を波立たせその様子を水上や水中から眺めたりしています。波紋の広がる感じや、底に映る光の模様、きらめく泡の動きなど、面白いと思う瞬間や気持ち良いと思う瞬間がたくさんあります。それを切り取りたいんです。
池和田
発想そのものがまず水の動きから来ているわけですね。
箱崎
そうですね。どういうゲームを作ろうかとじっくり考えるのって温泉にいるときが多いんです。携帯電話も無いので考えに集中出来て。なのでどうしても目の前にある水から発想が広がってしまいます。
池和田
ゲームを作る過程っていろいろあると思うんですが、箱崎さんの場合はアイディアを練っているときが一番楽しいんじゃないですかね?
箱崎
そうですね、液体っぽさというか、とろけたステージを表現する方法を考えているときが一番楽しかったですね。このゲームはステージの構成自体はとてもシンプルなのですが、シェーダで形を変え、なめらかに見せるということを裏ではやっていまして。そのあたりの実装方法を試行錯誤していたときが特に楽しかったです。
実際のゲーム(左)とシェーディングをシンプルにしたもの(右)
池和田
アイディアの面白さやグラフィックの美しさにまず目を引かれましたが、実際に遊んでみると細かい部分が非常に良く出来ていると感じました。
箱崎
ありがとうございます。そのあたりはとても時間をかけて作り込みました。ものが現れたり消える瞬間の挙動とか。例えば雫が場外に落ちたとき、ポチャンと泡となって消えるのですが、再出現までには間があるんです。
池和田
リトライするまでにけっこう時間が掛かりますよね。
箱崎
どうしても泡が消え去るまでの間は取っておきたくて。ただのこだわりなのですが、こうした間が気持ちよさに繋がるのではないかと考えています。代わりに早送りボタンを用意しているので急ぎたい場合は押して進んで下さい。
ミスによる玉の消失と復活の挙動
池和田
その話でいうと僕、気がついたんですが、このプレイヤーの山、山…で良いのかな。このぼっこりしたやつを動かすと大きくなって、止まるとちょっと小さくなりますよね。
箱崎
そうですね、指を離すと空気が抜けるようにしぼんでいき、指を置いたままでも動かないとゆっくりと小さくなっていきます。
池和田
あ、本当だ。ここにもちょっと間があるんですね。気が付かなかった…。この間もこだわりポイントですかね。
箱崎
そうですね。このしぼみ方で液体の柔らかさが表現できるかな、と。
プレイヤーの山を動かしてから指を離すと、ゆっくりと小さくなっていく
池和田
液体金属のような地面の質感はどのように表現されているのでしょうか?
箱崎
いわゆるMatcapの手法を使って実装しています。事前にレンダリングした球状の画像を使用してライト表現を行う手法で、金属の玉やボールなど丸いものを撮影してゲームに利用しています。低負荷でリアルな表現を実現できました。
池和田
では、リアルタイムライティングは全く使っていないのでしょうか?
箱崎
いえ、雫とゴールの2箇所で使用しています。ただ、負荷を抑えるためピクセルライティングではなく頂点ライティングとしてシェーディングしています。
池和田
ポストエフェクトなどは使ってますか?
箱崎
ほとんど使っていません。被写界深度っぽく見えると思いますが、これはDoFではなくぼかした絵を上部と下部に重ねるといった実装をしています。いわゆるTilt-Shift風エフェクトです。
池和田
モバイルゲームとして軽くするための工夫がかなり盛り込まれているんですね。
池和田
制作にかかった期間はどのくらいでしょうか?
箱崎
作り始めたのは6年前です。Unityを使い始めてすぐになるので、だいぶ長くやってましたね…。とはいえ実は最初の3ヶ月目で今のとろけるようなステージのデザインや仕組みが出来ていたんです。
池和田
質感も今とだいたい同じような感じでしたか?
箱崎
そうですね。プレイヤーのボールの質感もすでに完成していました。ちなみに最初に作っていたのはたしかうずまきのステージだったと思います。
渦を巻くようなギミックが印象的な9番目のステージ
池和田
それは凄いですね! シェーダを駆使して作られたと思うんですが、そのあたりは苦労されませんでしたか?
箱崎
過去にOpenGL ESを使ってアプリを作ったこともあり、それに比べるとUnityのシェーダには便利な機能が沢山あるのでとても作りやすかったです。ただ、その後は結構大変でしたね…。ゲームとしての体裁を整えるための全体的なシステム作り、メモリ管理、データ管理、課金システム等々どのように処理するのが正解か悩みながら一つづつ実装していきました。またUIもゲームに合わせ溶けるようになめらかに遷移させようと決めたために苦労したポイントです。全く制作を止めていた時期も2年くらいあったので、制作にあたっていたのは実質3年位だと思います。
池和田
作業を止めていたのにはなにか理由があったのでしょうか?
箱崎
任天堂さんの『スプラトゥーン』のCMを見て、「あ、なんだか似た表現のゲームが出てきちゃったぞ」と思ってしまったんです。
池和田
なるほど…。ゲーム性は全然違いますよね。
箱崎
そうなのですが… ネチャネチャとした液体のような質感が似てるなぁと思ったら、なんとなく意欲が無くなってしまって(笑)。その間に立体視のアプリを作ったりとMeltLandから少し遠ざかっていたんですが、去年Googleさんが「Indie Games Festival」を開催するということで、これを目標に頑張ってみようと思ったんです。
箱崎
目標が出来たので作業を再開しました。それが一昨年の10月くらいで、応募締切である去年の3月まで頑張って開発していました。でも結局完成させることが出来なかったんです。未完成ながら応募はしてみたものの当然落選しました。ファイナルイベントを見学に行ったんですが、選ばれた方々の発表がとても羨ましくて「来年こそ!」と思っていたのをよく覚えてます。
池和田
そして翌年のイベントにつながるわけですね。
箱崎
そうですね。12月にはリリース出来たので今度こそと思っていたのですが、肝心のゲームは全くダウンロードされませんでした。
池和田
なかなか順調というわけには行かなかったんですね。
箱崎
はい、最初は本当に全くダメでしたね。どうしたものかと思っていたらGame Castさんで取り上げて頂けて、それがきっかけでダウンロード数がかなり伸びました。
池和田
実は僕もGame Castさんの記事で知ったんです。本当にいいゲームを取り上げてくれてますよね。
箱崎
このゲームを分かってくれる人がいるのだととても嬉しかったです。全く話題にもなっていなかったのにどうやって見つけてくれたのでしょう?
池和田
そして今年のIndie Game Festivalでは、見事Top3に選出されたわけですが、そのあたりはどうでしょう。自信はありましたか?
箱崎
いえ、それが全く無かったのでとても驚きました。本当に光栄で嬉しかったです。いろいろ悩みながら完成させた思い入れのある作品なので、これで報われたと思いましたね。
池和田
今までで一番ハマったゲームってなんでしょうか?
箱崎
おそらく『アーマード・コア フォーアンサー』です。延々と対戦していました。実はメカもすごく好きなんですよ。そして背中のブースターが熱で揺らめいている部分とか、ずっと見てられますね。
池和田
それは箱崎さんらしいですね(笑)。
箱崎
『MeltLand』とはだいぶ毛色が変わりますが、いつかメカが武器で戦うような対戦ゲームなども作ってみたいなと思っています。ただ、今一番興味があるのは粒子のシミュレーションなんです。粒子を使ったゲーム、たとえばラーメンの油を使ったようなものが出来ないかと考えているんです。
池和田
粒子ってそういう?(笑)。子供の頃にやりましたね、小さな油をくっつけて大きな油を作っていくような…。
箱崎
ゲームになるのかわからないのですが、構想を練ったりしています。ぷにょんと油がくっつき大きくなるような挙動が再現できたら良いなと思ってます(笑)。
「ネタ帳」ともいうべき箱崎さんがクリップした画像
箱崎
これが次回作になるかどうかはさておき、もう少し時間をかけずに作れるようなものも考えてみたいですね。いわゆるハイパーカジュアルと呼ばれるゲームにも挑戦したい。つい最近まで僕の周りには知り合いの開発者などが全くおらず、一人で黙々と作っていたんですよ。それがIndie Game Festival で賞を頂いたあたりから様々な開発者さんとの繋がりが出来ました。今はそういった方々から良い刺激を受けつつ、色々なものを作ってみたいなと思っています。
池和田 有輔
フリーランスとしてWEB制作・広告制作のキャリアを経て、2013年からRépublique開発チーム(Camouflaj, LLC.)に参加。ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社に入社後はエバンジェリストとしてUnityの伝道活動に携わってます。