2017.04.05
多様なものを生み出す単純さの追求
中村 勇吾
GUNTAI
tha ltd.

『GUNTAI』はその名が示す通り、鳥の群体を率いて距離を競うゲームだ。
群れは犠牲を払いつつ、再生しつつ、人気のない荒野を突き進んでいく。
リアルタイムに生成されるステージと音楽は美しく、どこか儚い。

開発を手がけた『tha ltd.』は2004年の設立から現在に至るまで、常に時代の先鋭であり続けたスタジオだ。国内外問わず、インタラクティブデザインに興味があるなら知らぬ者はいないだろう。今回はその代表であり、ディレクターを務める中村勇吾氏に話を伺った。

インタビュアー:池和田 有輔(ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン)

中村 勇吾
ウェブデザイナー/インターフェースデザイナー/映像ディレクター。多摩美術大学客員教授。東京大学大学院工学部卒業後、1998年よりウェブデザイン、インターフェースデザインに携わる。2004年にデザインスタジオ「tha ltd.」を設立。以後、ウェブサイトや映像のアートディレクション、デザイン、プログラミングの分野で活動を続けている。

ソフトウェアの生み出す文化

池和田

インタラクティブなものは今や様々な形で生活に溶け込むようになりましたが、それによってソフトウェアや言語も多様化し、作り手としては都度選択することが求められているように思うんです。開発環境を決めるにあたっては、どういったことを重視されているのでしょうか?

中村

カバーできる範囲、というのがひとつあります。Flash(Adobe Animate CC)は今でも応用範囲が広いですよね。ブラウザコンテンツやソフトウェア、それからiPhoneアプリも作れる。そういった優秀で広い範囲を対象としたプラットフォームを試すというのは日頃から行っていることです。ただ、ソフトウェアは必ずしも技術的な制作環境に留まらず、カルチャーを生み出すものでもあると思っていて、僕にはそれが自分の肌に合うかどうかも重要なんです。例えば、アートアートしたカルチャーというのは、それはどうも苦手で。広告広告したものもずっと使っていると切なくなったり、ビジネスビジネスしたものもまあちょっと距離を置きたいみたいな。好みで言えば、いろんなものがミックスされた雑多なカルチャーが好きなんですよね。その意味でもFlashはちょうど良かったんです。Processingも良いけど、メディアアートっぽさが前面に出ている印象があって。

池和田

確かにFlashは広告系のWeb制作ツールとしての存在感が強かった一方で、2ch界隈での人気コンテンツも多数ありましたよね。

中村

そう、Flash板ね。そういったカルチャーが入る間口はアプリケーションに内蔵されていたと思うんです。簡単な絵が描けて、同時にプログラミングができる。イラストレーター、写真家さん、プログラムを書く人、みんなが使い、ぶつかるような面白い場所。それが形成されていて。

池和田

「タイムライン・アニメーションで出来るのはここまで。コードを書くと、こんなに広がる」というのが明確でしたよね。自分にとってはプログラミングを覚える動機になりました。

中村

手法の前にやりたいものが一歩二歩先の想像出来る範囲、ちょうどいいところにあるのでみんなそっちに流れて行く、みたいなね。

池和田

Unityもそういうものとして捉えて欲しいと願っています。かつてのMacのHyper Card、Director、Flashといった流れに連なるような。

中村

僕は本当にそういうイメージですね。Flashと言うよりはDirectorの最新版みたいなイメージ。ビヘイビアを貼る部分などは特に近いかなと思っていて。普段、多摩美で教えてたりもするんですけど、美大生にプログラミングを教える時にProcessingみたいなコードから生成するようなものはちょっと辛い。もちろん着いて来る生徒さんもいるんですけど、自分が描いた絵を動かしたい、とかになるとFlashになるんです。ただ今後はUnityもあるんじゃないかなって思ってます。3D文脈を知らないとコンポーネントが少し難しいかな、とは思いますけど。僕も最初は触りながらじわっと腑に落ちた、というような感じだったので。

池和田

どのようなきっかけでUnityを使い始めたんですか?

中村

以前から潜在的な制作環境として候補に挙がってはいたんです。本格的に使い始めたのは一度社内でゲームを作ってみようか、という話になってからです。まず、うちのスタッフである山が中心になってUnityに向き合い、『GUNTAI』を作りました。培ったノウハウをみんなにシェアして、その後は『Meta Five』のVJに使ったり、ちょっとした3Dモーションを作るのに使ったり。最近では『Uniqlo』の新店舗のデジタル・サイネージにも使いましたね。

METAFIVE(高橋幸宏×小山田圭吾×砂原良徳×TOWA TEI ×ゴンドウトモヒコ×LEO今井) ライブでもUnityが

『GUNTAI』、そしてゲームについて

池和田

『GUNTAI』は文字どおり鳥が群体となり、中心から少し遅れたりして付いてくるような、いわゆるフロック・シミュレーションの気持ち良さを追求する所からスタートしたような印象を受けました。

中村

まさにそうですね。まず、鳥が個々にアニメーションしながら集まり、着いて来るデモを作ったんです。それは比較的すぐに出来ました。ただ、それをゲームとして成立させる段階からは手探りで少しずつ進む形になりましたね。鳥の集まる気持ち良さをキープしたままどのようなルールを課すべきか、試行錯誤を繰り返しました。

池和田

加速度センサーによる操作もそういった気持ち良さを追求した結果でしょうか?

中村

そうですね。スワイプも試したんですが、あまり気持ち良くなかったんです。それからタップを他の操作に割り当てることも考えてましたし、それが一番直感的でいいかなと。最近のスマートフォンゲームの操作としては一般的でなくなりつつある、というユーザーからの指摘もありましたが。

池和田

スマホゲームの世界は特にトレンドやコンテキストが支配的ですよね。

中村

リリースして感じたのは、思った以上にユーザー側にルールがあるというか、サービスの提供という意味合いが強いんだと思いました。これは良くも悪くも、ですね。

池和田

窮屈に感じられる部分ですか?

中村

結論としてはあまり気にせず、自分たちが正しいと思う選択をしようと思っています。ゲームは人間の集中が画面という狭い空間に押し込められるわけですから、快・不快についてとても敏感になりますよね。その直接的な感情表現に向き合うことは、やりがいを感じる部分だと捉えています。

池和田

「快」で言うと、鳥が壁にブチ当たって大量に死ぬ時のビタビタって音や、まるで墨が塗られるような演出はとても気持ちが良いですよね。

中村

『プライベート・ライアン』のノルマンディ上陸作戦のシーンでは人がアホみたいに死んでいくんですけど、めっちゃやられながらもそれでも進んで行く様子、大量に死ぬけどさらに大量に乗り込んで勝つ!といったマスがぶつかり合う様子が描かれているんです。その気持ち良さが出せればなあ、と思っていました。死にすぎて悲しくなる、という意見もいただいておりますが(笑)。

キャプション:死に行く鳥たち。確かにもの悲しい‥

池和田

メインテーマは聴くたびに少しづつ変化して非常に印象的ですよね。

中村

BGMはジェネラティブに作られています。最初は1音単位でサウンドを構成させようと試みましたが、最終的には負荷を考慮して3音程度のファイル分けにしました。それがシーンの状況によってリアルタイムにつなぎ変わる形ですね。Max/MSPで組んだ再生環境をUnityに移植したような形で実装されています。

池和田

そういったディレクションをされたわけですよね?

中村

ええ、スティーブ・ライヒのようにプロセスによって生成されるものを試してみました。なかなか面白いものになったと思っています。

池和田

普段、プレイヤーとしてゲームは遊ばれますか?

中村

わりとする方ですね。話題のものというか、「これはやっとかなきゃ」みたいなものはやはり気になりますね。

池和田

どのようなものが多いのでしょうか?

中村

任天堂のものは特に気になるものが多いですね。長年やり続けてるのはマリオカートです。反射的に買う、みたいな。子供と遊ぶ時は、以前は手加減して負けてあげてたのに、最近は手加減される方ですね(笑)。

池和田

任天堂といえば、先日続編のアナウンウスもあった『スプラトゥーン』は特に話題になりましたよね。

中村

結構ハマりましたね。あと『ピクミン』も好きな作品です。

池和田

実は『GUNTAI』の世界観は『ピクミン』にちょっと似てるなって思ってたんです。群れをなしていくだけでなく、人のいなくなった世界、ポスト・アポカリプスな感じというか。

中村

『GUNTAI』についていろいろ考えてルールを入れていくと、何回やっても『ピクミン』に近くなっちゃうんです。それから上田文人さんの手がけられたもの、『Ico』『ワンダと巨像』『人喰いの大鷲トリコ』なども好きな作品です。『トリコ』はインタラクションが特に素晴らしいなと。ゲームとして「もう少しやれることがあるのでは」と思わせる部分も僕には魅力ですね(笑)。

多様なものを生み出す単純さの追求

池和田

ものを作る上での「勇吾さんらしさ」というのをご自身ではどのように捉えていますか?

中村

作風ですか? うーん‥‥。単純ということかな。

池和田

それは、ミニマルなものとか、そう言った意味ですか?

中村

もっとこう‥‥文字通りの単純明快みたいなものが目指している所ではあるんですよね。単純であるが故の明快さ、割り切りとか、あるいは単純なものがバランスを崩す感じとか。ルールがいっぱいあって、複雑なものというよりは「はいこれ以上。大体イケてるでしょ」というものを出す方が気持ちいいし嬉しい。そういうことができれば「うまくいったなあ」と思うし、うまくいかなかったら複雑になっちゃうんですよね。複雑になるのは僕にとって、うまくいかなかったってことなんです。だから『GUNTAI』も「トリ、イッパイ、シヌ、以上」みたいなね。そういう方向に行きたいと思ってました。

池和田

まさしく単純ですね。それはインタラクション性のあまりない作品、例えば映像のディレクションをされる時も考え方は同様ですか?

中村

そうですね。ルールは単純であった方がいいと思います。その映像内で起きている法則は、できるだけシンプルで。そのルールがいかに多様な現象を生み出すか、みたいな。多様なものを生み出す単純さ、ですね。それを常に追求しているというか。

池和田

コアとなるシステムはとてもシンプルだけど、アウトプットは多様であるべき、という。

中村

水、なんてまさにそうですよね。いろんなことができる。「バシャー」とか「ジャバジャパ」とか。

池和田

その話で思い浮かぶのは、『FONTPARK 2.0 | MORISAWA』でドラッグしている文字の頂点がカーソルとの距離によって遅れてついてくる感じとか、『iida』のインターフェイスにおける、四角いものがスワイプで移動中に丸くなる感じとか。

『FONTPARK 2.0 | MORISAWA』はフォントで絵を描く実験的コンテンツ

中村

その2つに共通するのは「プルンプルンする外見」ということであり、仕組み自体はすごく単純なものですよね。最終的には定まるけど、それまでは動く余地があるという、まずそのシステムを作り、状況によってアレンジしているわけですから。そういうインタラクションのコアになる仕組みって、そうそう見つかるものでもなかったりしますが、いつも生み出そうと試みていて。本当に良いものは何年かに1コとか、まあそんな感じなんですけど、うまく見つかると、「食っていけるな」って思うんです(笑)。

池和田

食扶持、みたいな(笑)。

中村

そう、食扶持(笑)。だからUnityのようにプロトタイピングできるものが僕には向いていて、「これイケてるなー」とか「これ使えそう」というものを探るわけですね。根本的な何か、うまい棒みたいな何かを。

池和田

うまい棒‥‥ですか?

中村:いや、うまい棒かどうかわかりませんが、「うまうまできる何か」というか(笑)。やっぱりいろいろやってみないとなんで。試していますよ、Unityで。

池和田

ラピッド・プロトタイピング・ツールとして、ということですね。

中村

そうですね。2Dでは今でもFlashを使うことが多いんですが、3DではUnityが手に馴染んできています。