2019年9月25日・26日に東京・グランドニッコーで行われた「Unite Tokyo 2019」で大きな注目が集まったセッション「出版社とゲーム会社はなぜすれ違う?ドラゴンボールのゲーム化で酷い目にあった…もとい勉強させて頂いた話」。
『ドラゴンボール』を手掛けたDr.マシリトこと鳥嶋和彦氏、対するは『.hack』の内山大輔氏と『機動警察パトレイバー』を手掛けた鵜之澤伸氏。モデレーターは電ファミニコゲーマー編集長の平信一氏だ。セッションの内容は、「3億円掛けて作ったドラゴンボールのゲームのデモ版を鳥嶋氏に「悪いけど、これ捨ててくれる?」と一刀両断されたその理由が16年経った今明かされる」という衝撃のもの。Unity Learning Materialsでもスライド・動画を公開しているのでぜひ興味を持った方は視聴してほしい。以下はセッションでのやりとりの一部だ。
内山大輔(以下内山)
『ドラゴンボールZ』を開発するのに、東映アニメさんには許諾を取って確認していたのですが、ジャンプ編集部にも併せて確認するところがシッカリできていなくてそれで「なんかドラゴンボールのゲームを勝手に作ってる若造がいるらしい」みたいな話になってるわけですよ。それでβ版をジャンプ編集部に持っていきました。鳥嶋さんをはじめ、少年ジャンプの編集部の皆さん、編集長までズラリと並んで…。そして企画書を取り出して、説明しようとしたら鳥嶋さんが「もういいよ。このゲーム駄目だから。いくらかかってるのかわからないけど捨てて」と言うんです。その時点で、開発に3億円かかっていたんですよね….。
鳥嶋和彦(以下鳥嶋)
キャラクターが似ているか、似てないかなんてひと目見ればわかりますよ。見た瞬間に、「偽物だ」と思ったんですよね。そこで、内山さんに鳥山さんの年収を説明して。まあ当時、二桁億は稼いでいたでしょうね、「そんな人に数億のゴミを出してくれ」と言えるか?と。
鵜之澤伸(以下鵜之澤)
鳥嶋さんには「ワンピースで儲かってるからいいよね、捨ててくれる?」と言われたのを覚えています。
内山
これが「ボツ」かと。こんなにキツイものかと…。でも、そこで開発を終わらせるわけにはいかない。どうにか食らいついて、もう一から作り直すような状態でした。「捨てて」と言われただけで、このゲームのどこが悪いのか、懇切丁寧に説明してくれたわけではないんです。だから、自分たちで試行錯誤するしかない。
鳥嶋
まあ当時、『北斗の拳』のゲームが売れたんですよ。それで、「懐かしのキャラクターもので当たったから『ドラゴンボール』も出そう」というのが丸見えなんです。(会場笑)漫画もアニメも終わってるし、作れば売れるからオッケーだよねという目線なんですよ。その結果ですが、映像をひと目見るだけで、キャラクターの作り方や原作の読み込みなど、全然研究されてないことがわかった。編集部からすれば、認められないものを出すのは海賊版ですよ。海賊版を世に出すわけにはいかない。
内山
修正する時に、僕らが考えたのは「シルエットとしてキャラクターが語れるか」ということ。キャラクターとしての存在感があるかどうかということです。3ヶ月かけて作り直して、鳥嶋さんに見せたら一瞬でご承認頂けました。出来上がったモデルが似ているかどうかはもちろんですが、そこに至るまでに、開発チームや僕たちがドラゴンボールに向き合って、悟空やベジータを生きたキャラクターとして扱っているか、その覚悟と真剣さを鳥嶋さんはご覧になってたのかな?と思ったんです。
鳥嶋
そもそも、作品を作るにはものすごい苦労があるんです。ドラゴンボールだって、最初はアンケートで低迷して、どうにか天下一武道会を立ち上げて、軌道に載せるまでが大変だった。アニメも素人なりに苦労して作って。そこに、アニメも連載も終わったから、といっていい加減なものを出すとブランドが壊れてしまうでしょう。作るのはゲーム会社でも、作品へのクレームが来るのは編集部なんですよ。午前3時に子どもから『キャラクター似てないね』って電話が来る。僕らが背負っているのは子どもたちなんです。
内山
修正した結果、すごく完成度が高くなって。以後のゲーム制作の指針にもなりました。お陰様で販売数も多く、製作費も回収することができましたし(笑)、結果的に「ボツ」がありがたい勉強になりました。
編集部では、鳥嶋氏、内山氏、鵜之澤氏、平氏にインタビューを敢行。インディゲーム開発者へのアドバイスを頂いた。
インディゲームというのは、いわば自分でIPを作り出すことになるわけですよね。そこで、自分で考えたキャラクターを大きくしたいと考える個人開発者に何かアドバイスはありますか?
内山
今、インディゲームはものすごくチャンスがあるジャンルだと思います。もう、夢しかない。昔は小さなチームで作ったものを広くユーザーに届ける方法論がほとんどなかった。しかし今は誰もが発表者であり、供給者であり得る。誰かの真似ではなく、とんがったものを作って、「これには自信がある!」と思ったら、もう突き進んでもらいたい。それで世界中の人から選んでもらう対象になれるかどうか。だから、「これは世界で選ばれるものになるのか」という視点で考えると良いのではないでしょうか。
鵜之澤
ある程度ボリュームのあるゲームが少人数で作れるようになりましたからね。Appleアーケードのように、何百円を払って遊び放題というサービスが始まったりして、ユーザーに届けられるチャンスが増えていると思いますね。
鳥嶋さんからはいかがですか?
鳥嶋
僕はそんなにインディゲームやってないから(笑)。これはゲームの開発者に限らないことだけど、何かを作る時って、集中してずっと下を見てやっているわけだよね。時々ふっと顔を上げて、広い視野でものを見てほしい。特に、「これを誰に向けて作っているのか」は考えて欲しい。ユーザーを意識してほしいということですね。それだけで自分が作っているものの見え方が随分変わるはずだから。それを心がけてほしいといつも言っています。
作られたゲームを取り上げるメディア側からするとどうですか?
平信一(以下平)
先程内山さんがおっしゃったように、昔は作れたとしても、届ける術がなかったわけですよ。そこにSteamや各ゲームハードのダウンロード販売などでインフラが整い、ライセンス契約も昔ほど複雑ではなくできるようになっているので、チャンスは大きくなりましたよね。ただ、先程、鳥嶋さんが遊んでいないという事例のように、配信網は整ったけどライバルも多いわけで、「どう自分が浮かび上がるのか」も課題になるんですよね。見る側としても、鋭い切り口だったり引きがないと、そもそも目に止まってもらえないので、その「引き」をどう作るかを考えながら作らないと厳しいですね。
ライバルが全世界にいるわけですからね。ところで、先程のセッションのエピソードで、ジャンプ編集部が内山さんにダメ出しをしたとおっしゃってましたが、原作者の鳥山明さんは監修されることはないんですか?
鳥嶋
「任せてもいい」という信頼関係があるからできることです。それともう一つ、原作者に見せると厄介なのが、原作者自身が直したくなってしまうんです。際限なく手を入れてしまう。
鵜之澤
印刷したカラープリントの画面の上から修正の線を入れますからね(笑)。誰にも止められない。
「原作者の代弁が出来るほど編集者は作品世界をわかっている」ということですか。それで見た瞬間に、作品のブランドを壊すものかそうでないものかわかるという。もはや超能力のような能力だと思うんですが。
鳥嶋
それは日々仕事の中で培うんですよ。見学者が来たり、子どもからのデータが来たり、そういうものを見ながら自分の価値観を補正していくわけです。
鵜之澤
イベントでの子どもたちの反応を見たりして、現役でやっていると必ず肌でわかりますよね。
ちなみに、バンダイナムコさんではその能力はどうやって鍛えていますか?
内山
実は「子ども目線」を全員が持っていなくてはならないということはないんですね。それぞれのプロデューサーが、違うものを担当していて、どこに強みを持っているかによって、持つべき目線は変わりますから。だから20歳向けが得意なプロデューサーもいれば、思春期の目を持っていることが強みのプロデューサーもいる。思春期の、小学校から中学校に上がるって大事件ですからね。そういう強みによって、担当するものも自然と分かれてきます。
今は、作り手がものものすごく増えて、受け手がキャッチしきれないという逆転現象が起こっています。安易な考えでは長く愛されるコンテンツを作るのは難しいと感じます。
平
昔よりも発売されるゲームが爆発的に増えているのに、今のメディアには、批評やレビューの機能があまりないんです。ゲームが1,000本、2,000本、1万本ある中で面白いものをピックアップすることが、お客様に情報を届ける一つの方法なんですが。ミシュラン的役割でいうと、プラットフォームのレビュー(Apple Storeのような)もあまり機能をしていないですよね。じゃあユーザーは何を見てゲームを決めるのか?それがいまメディアではなく、有名YouTuberの発言に寄ったりしている。それは半分は、メディアがその役割を果たせなかったからだと、僕は思います。
内山
今度は5Gの時代が来ますが、テクノロジーとインターネットの進化によって、作る側とエンドユーザーまでの距離がゼロになっているんですよね。全員が構想者であり、全員が発信者、全員がクリエイターになり得る。消費者よりも供給者が多くなっている可能性もある。そこで選んでもらうために、もちろんメディアやレビューがあるわけですが、インディーズはチャンスがある分、必要とされる「とんがり方」のハードルも上がる。ものすごいクオリティのとんがり具合にするか、一味違った宣伝の方法論を取るしかないということです。
鳥嶋
だから、インディゲーム開発者が漫画家だとすると、「編集者」がいないといけないんですよ。
鵜之澤
ボツを出してくれる編集者が必要。
鳥嶋
的確なノーを出して、「こういう形にすればもっとユーザーに伝わりやすい」、「もっとこうすれば面白くなる」、「これはやる必要がない」ということを言ってあげられる人間がいない。それでいうと、作っている人がよりたくさんの人に届けたいという気持ちをどれだけ強く持てるかということなんじゃないかな。やっぱり表現するということは、色々な人に色々なことを伝えたいと思っているはずだから。
プロデューサーの役割に近いでしょうか?
鵜之澤
プロデュースという一言でくくることは難しいんですよ。僕も内山も、いわゆる出版社側、パブリッシャーの人間です。片仮名でいうとプロデューサーだけど、漢字にしたら「商売人」ですね。商売人って、「金、金!」と言うだけじゃないんですよ。でっかいことを仕掛けて、クリエイターとユーザーが一緒に幸せになろうと言うビジョンを実現できるかどうかを導く人。だから、譲るところは譲るし、駄目なものには駄目と言います。それでいいものが作れるかというのを徹底してやっている。
それで286億円を返したわけですからね。(セッションで「某コンピューターと提携して286億円損した」と語ったが、後にコンテンツで見事に回収)
鳥嶋
今、鵜之澤さんが言ったことにつながるんだけど、言葉の使い方を間違えてますよ。役割は三つあるんです。それはマネジメントと、ディレクションと、プロデューサー。マネージャーの仕事というのは、例えば漫画家に部屋を借りてあげたり、健康問題や締切に気を使う人。ディレクション、ディレクターというのは、目の前の作品がちゃんと面白いかどうかとか、どう直せばちゃんと良くなるかということに気を使う人。プロデュースというのは、その作家を3年後、5年後、どういう形に発展させていくのか。インプットとアウトプットをどうするか、周りにどういう才能を置いておいて、その人が仕事の中で痩せ細らないようにするとか、いろいろなことを考えるんです。それがプロデュースというものです。以上全部含めた役割を果たすのが「編集者」です。だから、プロデュースをするというのは、長期視点の仕事なんですよね。
内山
実は僕は、最初はクリエイターになりたかったんです。ゲームの専門学校を卒業して、「シミュレーションゲームを作りたい!」と思って、学校の壁に募集が貼ってあった会社に入ってみたのがバンダイでした。本当はゲームの企画を書きたかったのに、プロデュースやパブリッシングの部門しか社内になくて…。
鵜之澤
調べてから入社しなよ(笑)。
平
僕が思うに、成功するプロデューサーの方には、どこかちゃんとクリエイティブの匂いがあるんですよね。鵜之澤さんはやっぱり『パトレイバー』などの作品を仕掛けるところに絡んでいるし、内山さんも『.hack』を作って。
鵜之澤
バンダイでオリジナル作品は難しいって言われていたのに、『.hack』はちゃんと成功したもんね。
平
クリエイティブの匂いがないと、「当て感」、「肌感」がわからないんですよ。それをちゃんと持っているプロデュースがヒットの一つのたぶん大きな要因だろうなとは思います。
『パトレイバー』もかなりの難しさがあったのでは?
鳥嶋
鵜之澤さんも瞬間で判断してるよね。
鵜之澤
僕自身は絵を描けないしね。パッと絵を見て、企画を聞いて、面白かったらOK。あとはどうやってお金を集めて、どういうスタイルでやるか。見た瞬間に、面白いね、いけるなと思ったら、後から考えるんですよ。
平
それを瞬時に判断できるというのは、鵜之澤さんが押井(守)さんと事前に会って話をしているからですよね。
鵜之澤
瞬間で判断できるというのは、成功まで行くビジョンへの計算が早いということですよね。パッと見たときに、こうやってこうやったらこうできると計算するのが瞬間なのかも。勘に近いですよ。
鳥嶋
日々いろんなものを見て、蓄積しているから出来ることだよね。
平
そこでデータを調べるとか、手順を挟んでしまうと、判断が遅くなってしまう。
鳥嶋
まあ鵜之澤もそうだけど、話を聞いて面白いと感じたら、その人のやりたいことをバックアップして世の中に出してあげたいと思えるんです。
鵜之澤
「こいつは俺が見つけた」って言いたい(笑)。人間って、基本的に褒められたい生き物なわけですよ。ゲームもアニメも漫画も音楽も、なくたって死ぬわけじゃない。でも、褒められたいし、自分の作ったもので他人を感動させたりしたいと思う。
それがモチベーションになっている人もいますね。
鵜之澤
人に何かを感じさせたいという衝動だけで行くのでもいいけど、インディゲーム開発者にも、「編集者」的存在が絶対近くにいるんです。それは友達かもしれないし、家族やパートナーかもしれない。鳥嶋さんが言うには、漫画家も、「駄目出しして直しが出来る人が一流」だと。
鳥嶋
そうなんだよね。直しができない人間は駄目なんです。駄目出しをするのは、読者に伝わるような形で他者がブリッジをかけるということだから。
ジャンプ編集部ではいわゆる「持ち込み」に来た新人漫画家の原稿を、編集者が見て、意見をしてあげるんですか?
鳥嶋
そうそう。逆に言えば、「進撃の巨人」も「キングダム」も逃した(笑)。それはやっぱりさっき内山くんも言ったけど、最初に出てきてくるものって、非常にとんがっているというかラフだから、完成度が低いんだよ。そこに、どれだけ編集者が可能性を見いだしてピックアップしてその後完成形にしていくかということが大事になってくるんだよね。
平
今のインディゲームのシーンだと、100万個あるコンテンツの中から1個、要するに数撃ちゃ当たるよねという確率論の話になっている。実際に今成功しているコンテンツって、何でも出来る人が手掛けているものばかりなんですよ。自分でプロデュースをして、自分で宣伝も出来て。でもクリエイターって、必ずしもそうじゃないじゃないですか。欠けている人もいっぱいいる。欠けているけど、とがっていて素晴らしい才能を、誰がどうプロデュースするのという視点は、今のネットのコンテンツの文脈にはないから、そこは大きな課題だと僕は思いますね。
鳥嶋
Made with Unityでもゲーム雑誌にあるみたいなクロスレビューを作ればいいんじゃない?
あの似顔絵私も欲しいんです!いや、そんなことはいいんですが(笑)、皆さんありがとうございました。