監督、シナリオ、映像制作すべてを自身で手掛けるVR&3DCGアーティストの伊東ケイスケ氏。氏が監督したVRアニメーション『Beat』は、Haptics(触覚)技術を用いたデバイスを利用し、ユーザーの心臓の鼓動を、作品に登場するロボットのハートと連動させることにより、ロボットに命が吹き込まれ、物語が展開するというもの。2020年7月に開催された第77回ヴェネチア国際映画祭バーチャルリアリティ(VR)部門のコンペティション作品としてノミネートされるなど国際的に評価される作品となった。Unityで作品制作を始めた経緯、そして本作のプロダクションについて伊東さんに話を聞いた。
伊東さんはもともとユーリ・ノルシュテインなどの手描きアニメーションが好きでアニメーション制作を始められたそうですが、3DCGアニメーション制作を始められたきっかけは何だったんですか?
伊東ケイスケ(以下伊東)
もともと、多摩美術大学のグラフィックデザイン学科でアニメーションを専攻していたんです。そこでは手描きアニメーションを制作していましたが、当時の技量ではそれで生計を立てるのは難しいと思い、卒業後は家庭用品メーカーで一年半、グラフィックデザイナーとして働きました。でも、やっぱり自分はアニメーションが作りたいと思い、試行錯誤した結果、CGアニメーションだったらどうかと思ったんです。
社会人になってからCGアニメーションの技術を身につけられてプロになったということですよね。
伊東
はい。大学の卒業制作は独学でCGアニメーションを制作したのですが、社会人になってから、デジタルハリウッドスクールの週末コースで3DCGを本格的に学び直しました。そこで、3ds Maxで『Old Umbrella』と『GROW』という2つの3DCGアニメーション作品を制作しました。それらが国内外で賞を頂いたのをきっかけにフリーランスの仕事を頂けるようになり、今も3DCGアーティストとして活動しています。
VRに専念されたのはどういう理由からですか?
伊東
僕は自分の生み出したキャラクターにものすごく思い入れがあるんです。VRなら、体験者に世界へと入り込んでもらい、キャラクターともっと近い場所で触れあってもらえる。本来であれば、キャラクターはスクリーンの向こう側にいて、フィギュアなどの実物でないと触れられなかったので。自分がやりたかったことはVRで実現できる!と思いました。そこで「VRプロフェッショナルアカデミー」で1年間、UnityとC#を学びました。当時のバージョンはUnity 2017でした。
始めてたった3年でここまで作ることができるというのはすごいですよね。
伊東
今はモデリングとアニメーションを3ds Maxで作り、FBXをUnityに読み込んでから全体を編集するやり方をしています。その後プログラミングでインタラクションを実装し、ライティングを行っています。
アニメーションはUnityのtimelineを使っていますか?
伊東
はい、すごく便利に使わせて頂いています。3ds Maxで作ったアニメーションは2万フレームくらいの膨大な量で、それを一気にUnityに読み込むんです。それをトラックに分け、インタラクションを管理しています。
そんなにフレームがあると、重くなってしまったりしませんか?
伊東
それが、timelineで管理すれば重くないんです。animationエディタで開くと正直重く感じるのですが、timelineだと軽いので不便を感じたことはないですね。
『Beat』はエフェクトが印象的で、美しかったです。
伊東
パーティクルシステムがとても便利で、いつも助かっています。ポストエフェクトでグローをかけると綺麗ですし、なんといっても軽いです。他のCGソフトだったらやり直しするにも計算が必要なので時間がかかりますが、Unityなら、何度もリアルタイムで調整し放題です。ライトとパーティクルに関しては、CG畑の人間にしてみるとまさに夢のような環境に感じます。軽いし、レンダリングも別で回す必要もない。本当にありがたいです(笑)。
作品全体から、光の表現へのこだわりをすごく感じました。
伊東
はい、光へのこだわりはすごくあります。僕は手描き感が好きで、CG特有の硬い感じが苦手なんです。なのでCG臭さみたいなものを徹底的に消すために、ライティングやテクスチャの描き方を工夫するようにしています。
確かに、温もりを感じる映像なんですよね。
伊東
「CGでも、こういう表現ができるんです」ということを言いたくて。それをUnityで実現することができました。
そもそも、『Beat』を構想されたきっかけは?
伊東
きっかけは「心臓の鼓動をリアルタイムに、振動で再現する」デバイスに出会ったことでした。VRでも、今まではコントローラーという形でしか現実とバーチャル世界で繋がることができなかったのが、「心臓の鼓動」で繋がれることがとても新しい、面白いと思ったんです。
生の心臓の鼓動がないと見られないアニメーションというのは、世界にも例がないでしょうね
伊東
おそらく世界初だと思います。自分の生を手のひらで感じつつ、「心と心が繋がる」というテーマも入れ込んで、ストーリーテリングしていきました。
実際には、どういう風にストーリーを組み立てていくんですか?
伊東
まず最初に、スケッチでキャラクターを描きます。あとは、そのキャラクターが勝手に動いていくのにまかせていく感じで。その中で起承転結がなかったら、「ちょっとこう動いて」みたいに手助けする程度で、全体のプロットがまとまっていくようにロボットたちを補佐していくんです。ロボットたちとみんなで、アイデアを出し合うようなニュアンスで作っています。
まさにキャラクターに愛がないと作れないストーリーテリングですよね。
伊東
キャラクター愛は大学時代に受講していたキャラクター学の講義で学んだことが大きいです。また恩師の教授が、「作家として地に足を着けていきたいなら、故郷を大切にしなさい」ということを教えてくれたことがありました。そこで、自分の生まれ故郷の特徴や、小さい頃に感じていたことを入れ込んで世界観を作っています。僕は横浜育ちで、実家近くに京浜工業地帯の工場が立ち並んでいるのですが、鉄錆の色あせた風合いなど、小さい頃から親しんだ要素を『Beat』には入れました。
実際の制作期間は半年間とお聞きしましたが、そのうちストーリーテリングにはどれくらいの時間をかけるのでしょうか?
伊東
制作時間の半分はストーリーづくりにかけています。実装にかけた期間は3ヵ月くらいです。心臓デバイスとUnityの挙動を同期させるプログラミングに苦労しました。
制作期間の半分を使うというのは、物語作りを本当に大切にされているんですね。例えば、ストーリーを作るときに、感情のグラフを作ったりするんですか?
伊東
はい、作ります。物語が進んでいく中で、体験者の感情がどう移り動いていくかはとても意識しています。VRは「体験」ですから、体験者のテンションが上下する「感情曲線」を図で描いてみると各シーンの役割がわかりやすくなります。
ストーリーが出来たら、制作に入っていくわけですが、VRのアニメーションは360度の世界を作るわけじゃないですか。絵コンテなどはどうされているんですか?
伊東
今回は時間がなかったこともあり、絵コンテはしっかり作りませんでした。頭の中で映像を全部再生して、「これなら行ける」と思えるまで、9分間頭の中でずっと再生し続けるんです。動きや仕草とかも含めて全部イメージできたら、それを設計図にして実装していきました。頭の中で体験している感覚を大切にしています。それは絵コンテだと再現が難しいというのもあります。
そうすると、ラピッドプロトタイピングというか、頭の中にあるものをいかに速く形にできるかというのが重要になってくるという感じですよね。
伊東
そうですね。頭の中を吐き出すみたいな感じです。「体験」には形がないので、僕の場合は一旦頭の中で全部を作ってしまい、それを実装しては試すというトライアンドエラーの流れですね。
他にも印象的なのが、キャラクターの動きで、小さなモーションがすごく可愛らしくて。そういった、命が宿っている感じ、はどういうところに気をつけて作っていらっしゃるんですか?
伊東
仕草だけで、そのキャラクターの感情まで表現できると考えています。なので、ちょっとしたことがすごく重要なんです。ちょこっと首をかしげたり、そのタイミングを微調整するだけで親しみを持ってもらえるとか。小さな仕草を大切にするということは、アニメーションをつける上で常に意識しています。
関節の数も人間より少ないのに、表情がすごく豊かに見えるんですよね。
伊東
僕は作品に、一切セリフを使わないんです。感情は全て仕草で表現できると思っているので。なので日常でも「かわいい動き」などにはすごく敏感になっていて、よく観察するようにしています。
VRコンテンツにとって一番大事なことは何だと思いますか?
伊東
「面白い」と思ってもらうことだと思います。「映画」は観るという受け身の行為ですが、VRは「体験」なので、体験者に前のめりになってもらえるよう工夫することが大切です。観るだけになってしまうと「面白い」と感じてもらえない。スクリーンの映画でもゲームでも「面白い」と思ってもらうことが大切なのは同じだと思います。また、今年のベネチア国際映画祭ではVRChat上に会場が設営されていて、VR上で、いろいろな方とやり取りができたんです。そういった、人と人の距離を縮めやすいという利点に目を向けてみることも大切だと思います。
それでは、最後に今後の目標を教えてください。
伊東
わかりやすくシンプルなだけでなく、すこし難しいテーマの作品にも挑戦していきたいと思っています。あとは、Visual Effect Graphが使いたい(笑)。今、勉強中です。
では次回作の演出はさらなるクオリティアップが期待できるかもしれませんね。本日はありがとうございました!
伊東ケイスケ
VR&3DCGアーティスト。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒。2012年よりフリーランスのCGアーティストに転身。現在はVRを用いたストーリーテリングに挑戦している。2020年に『Beat』が第77回ヴェネチア国際映画祭にノミネート。2019年に『Feather』が第76回ヴェネチア国際映画祭にて招待上映。他、釜山国際映画祭、SIGGRAPHなど、各国で作品上映されている。
齋藤 あきこ
ライター・編集者として雑誌やWeb媒体にてテクノロジー・アートに関する記事を多数寄稿するほか、企業PR、コーディネーター、翻訳など幅広い活動を行う。2017年よりMade with Unityに編集者/ライターとして参加。編著書に「Beyond Interaction[改訂第2版]」ほか。