「人に楽してもらおうと作ったツールが結果として納品サイクルを早めることになり誰かを苦しませることにもなってしまった。だからメッセージを伝えることにしたんだ」
WEB制作の仕事からプログラマーに転身し、そして本作『MONOTO-SITUATION』という作品をきっかけにアニメーション監督になった阿部貴弘さん。このインタビューで語られているのは、そこに至るまでの思考のプロセスであり、ストーリーだ。
さて、それが果たして遠回りなのか、正着なのか、あなたはどう捉えるだろう。
インタビュー: 池和田 有輔
阿部 貴弘
アニメーション監督/プログラマー。幼いころから映画を見続け、いつか自分でもメガホンをと思いながら、気付けば光のプログラマーになっていた貴弘。業界的には順風満帆な前進をしていると思われていたが、その心にはどこか影が落ちていた。様々な出来事を経て天命に気付いた貴弘は一念発起で脱グラマーを決意――5年の歳月を経て、ついに処女作「MONOTO-SITUATION」をリリースする。そんなとき千葉の森で「アニメ監督にならないか?」と謎の男の誘いを受ける。戸惑う貴弘だったが、意を決してその提案を受諾。だが、その先で待っていたのは――。
池和田
阿部さんと言えば僕にはやはりProgressionのイメージが強くて。Flashユーザーではお世話になった方が非常に多いのではないかと思います。
阿部
はい、広告やFlash系の方からすると、プログラマというイメージが強いみたいですね。僕自身を知らない方でもProgressionの名前は知ってくれているくらい、皆さんに知っていただいているみたいです。
池和田
ProgressionはFlashの煩わしい部分や決まりきった手法をすっとばして「作ること」に専念できるようなもの、とでも言えば良いのでしょうか。とにかく時間が短縮できるということもあり、広く支持を得たわけですが、そもそもなぜそのようなフレームワークを作ろうと思われたんですか?
阿部
もともと普通のWeb制作会社に在籍して、キャンペーンサイトなどの制作を2年間ほどやっていたんですね。そこでいろいろな経験をさせていただいたんですが、やはり広告なので売り出す商品ありきなんです。若気の至りで「好きでもないものを広告するってどうなんだろう」というよくあるやつを発病しまして(笑)。
池和田
僕も発病しましたし、発病している人を諭すこともしました(笑)。
阿部
そうですよね。なんだか嘘をついているような気がして、自主サービスを作りたいと思って仕事を辞めたんです。当初の計画では3ヶ月くらいの期間を見て、最初の1ヶ月で当時出始めだったActionScript3の勉強、次の1ヶ月でプログラムの土台を作って、残り1ヶ月でデザインなどをフィニッシュして公開、と考えていたんです。ところが、土台となるフレームワークを作り始めたらまあ…これが楽しくて。ずーっとそれを作ってしまったんです。よくある沼ですよね。
池和田
では当初自分で使うためのフレームワークだったんですね。それを公開することになった経緯は?
阿部
ちょうどTwitterが出始めのころで、Flashを使っている人が困っていること、欲しいと思っている機能など、いろいろな意見を聞けたんですよね。自分の作ったフレームワークで多少解決できることがあるんじゃないかなと思い、公開してみることにしました。そうしたらいくつか質問を頂きまして、改善点が見えてきたので誰かに使ってもらう前提で整備し直したほうがいいなと思い、バージョン2を作ることにしました。ドキュメントもきちんと作成しましたね。
池和田
そこが大変ですよね。
阿部
そうですね。でもその結果、Saqooshaさんが実案件に導入してくれたんです。それまでもTwitterでのやり取りは割としていたんですが、何の相談もなしにいきなり「使ったよ」って(笑)。
池和田
Saqooshaさんらしい感じ(笑)。
阿部
その時に「これはきちんと動かないとヤバい」という危機感を覚えたんです。ちょっと頑張って整備をしていたら、結局1年くらい働かないでProgressionに付きっきりになりましたね。そうしているうちにAdobeさんに声をかけてもらって全国を回って勉強会をしたり、毎日コミュニケーションズさんの雑誌『Web Designing』で連載をさせて頂いたりといろいろな動きも出てきました。そういった動きの総決算としてバージョン3に取り組むことになり、その表明としてAdobeさんにAppleストア銀座をアテンドしていただいてイベントを開催したんですね。Flash界で有名な方を何人かゲストにお呼びして、Adobeの西村さんと、Web Designing編集長の馬場さんと、TRICK7の寺井さんとか…。
池和田
ああ、とても懐かしいです。
阿部
懐かしいですよね。60~80くらいの席があったと思うんですが、まあまあ埋まって盛り上がればいいかなと思っていたところ、満席で立ち見が出るくらいになったんです。大まかにカウントした感じだと160~170人くらい、予想の倍は入ってしまって。
池和田
すごいですね。
阿部
もう僕が飽きたからやめるということはできない状態になっていて、きちんと残していける組織づくりをするのが僕の責任だなと思って、会社を作ることになりました。
会社を作ってからはビジネス化を見据えたバージョン4の開発を進め、リリースと同日に対応した書籍も出してと、順調ではあったんですが、もともとオープンソースで始まったフレームワークでしたからライセンス関係で折り合いを付けるのが難しかったんですよね。僕個人がやっていくなら十分な収入だったと思うんですが、会社を維持していく先行きが上手くたてられなかったんです。当時の共同経営者と真剣に話し合いを重ねたんですが、そこで方向性の違いとも違う会話のかみ合わなさというのを感じて、別々にやろうということで僕が会社を辞める形をとりました。
最初に会社を立ち上げたときにも「こいつとだったら失敗しても諦められる」と思っていたので別に恨んでいるとかではないんですが、そこで感じた違和感がその後を考えるとても重要なキッカケになりました。
池和田
それから『MONOTO-SITUATION : LUCID AND DAYDREAM』(以下、『MONOTO』)を作り始めたわけですよね?
阿部
事業の中でいろいろな経験をさせていただいて、世の中の広さというか、いろいろなものがあるということを知って、世の中のルールというのが大まかに見えてきたんですね。それが今『MONOTO』を書いている理由につながるんです。ちょっと図を書きますね。
阿部
ツールというのは何かを改善する具体的な方法で、メッセージというのはこうあるべき・こうするほうがいいという抽象的な指針です。それぞれにマクロとミクロで4つの組み合わせがある。強い組み合わせというのは①と④の2か所、弱い組み合わせは②と③の2か所です。
阿部
ツールについて、具体的に拳銃を例として考えましょう。今この場に2人います。2人の中でのミクロというのは1人、マクロというのは2人ですね。ミクロのツールというのは片方だけが銃を持っている状態です。そうすると銃の価値があって「お前が働け」と命令することができる。でも2人が持ってしまうと、お互いに「お前こそ働け」という膠着状態になってしまいますよね。しかも、「相手よりも強い武器を」という過当競争が始まってしまい、武器の価値が相対的に下がってしまいます。
次にメッセージですが、ミクロのメッセージというのはわかりやすく言うと、一部でしか伝わらない常識です。その界隈ではこれが常識だとされていることでも、世界に行ったら絶対通用しない。マクロのメッセージは、世界中のみんなが「それが常識だよね」と言うことで、すごく強い力を持つ。
池和田
なるほど。
阿部
ここまでは強さの問題なんですが、参入しやすいのはこの弱い2か所なんですよね。メッセージは、いきなりみんなは聞いてくれないので、少しずつ増やしていく必要がある。ツールに関しては、一番シンプルなのはみんながタダで使えるものですよね。一部の人が使っているよくわからないものにコストをかけて学習するのはなかなか難しい。価値が出たあとに限定的に使えるということは意味があるんですが。
阿部
理想の流れとしては入りやすいところからスタートして、徐々に強いところへシフトすることですね。例えば、マクロなツールを無料で始めたらどこかのタイミングで有料化のプランを作るか、あるいはその実績を踏まえてセミナー屋さんになるかですね。メッセージの場合だと、ミクロな常識というのを体系化してマニュアル化すると、ツールとして売れるものになるんです。マクロに行くというのは、いわゆるインフルエンサーとかですね。
阿部
そういうルールが分かったうえで、会社を辞めてこれから何がしたいかというのを改めて考えたんですね。特定の誰かのために何かをしたいという感情と、みんなのために何かをしたいというのがあると思うんですが、僕は「みんなのため」の方だなと。オープンソースのフレームワークを作るというのも、みんなのためだからできたわけです。ではさっきのルールで言うと、僕が目指すのはマクロなメッセージのところだ、というのが逆算的に出たんです。
阿部
メッセージを伝えなければならない。じゃあ具体的にはプログラマとしての働き方セミナーとかそういうことかというと、違うよなと思ったんです。僕にとってプログラムはあくまでも手段で、もともとFlashを始めたのは映像がやりたかったからなんですね。仕事としてウェブサイト制作をやるのも面白かったのですが、改めて考えてみると、やりたかった映像をやっていないことに気が付いた。
映像って、見てもその人に具体的なメリットはないですよね。でも、人生の中で映画と似たような出来事に遭遇した時に、「あの主人公はあそこで頑張った、俺も頑張らなければいけないな」と思ったりする。それってメッセージなんです。
すごく遠回りをしたけどやりたいことに戻ってきたんだなと思って、メッセージを伝える映像を作ろうということに決めました。
池和田
『MONOTO』はメディアミックスを前提として作られていると感じていたんですが、映像を作りたいということが最初にあったんですね。
阿部
映像を作るにあたって、今の世の中に閉塞感があることとか、ミクロとマクロのズレの問題について僕自身ずっと考えていたので、それをテーマにしたいと思ったんですが、そのテーマで書くと必然的にすごくスケールの大きな話になってしまって、いきなり映像にするのは難しかったんですよね。現実的な範囲でそのテーマを表現するならと考えたときに、Unityを使ったヴィジュアルノベルの形であれば成立するということで『MONOTO』の企画がスタートしました。映画やアニメーションを作るというところにどう行くかというのを逆算して考えて、「メディアミックスできますよ」という店構えを作って可能性の提示をした、というニュアンスですかね。
池和田
伝えたいテーマとしては、閉塞感にどう立ち向かうかというところですね。
阿部
そうですね。閉塞感の理由は人によっていろいろですが、特に若い人が将来に希望を持っていないということだと思うんです。先のことを考えても苦しくなるだけだから、彼らは合理的な選択として「今が楽しければいい」と無自覚に判断している。今がずっと楽しいまま続いていったらいいんですが、どこかのタイミングで「どんどん悪いほうに行っているな」と思ったときには手遅れ、というのがすごく危ういと思います。ではどうしたらいいのかというと、一番重要なのは時間感覚だと思っているんですよね。
池和田
それはどういった意味でしょうか?
阿部
例えば、今よりも将来が悪くなるとわかっていたら不幸だ、ないしは、過去よりも今が悪くなっていると思ったら不幸だと感じますよね。この比較というのは、時間感覚があるから生まれるわけです。時間感覚がなくてその場の判断だけで考えると、幸・不幸ではなくて、快・不快になるんですよね。
池和田
なるほど。
阿部
ある意味動物化してしまって快・不快だけで生きているのであれば、問題を問題として認識しなくなるので不幸はなくなります。でも同時に幸福もなくなってしまう。だから、人間として時間感覚を持って生きていくということに対して前向きになってほしいというのがテーマですね。
池和田
『MONOTO』はオカルトというキーワードもありますよね。これも時間感覚に関する問題につながっているんでしょうか。
阿部
時間感覚を持って先のことを見るといっても証明はできないので、自分の経験から予測されることを信じるしかないですよね。だから、異なる経験を持った相手とは共有しづらい。
同様に、未科学のよくわからない状態というのは相手と共有しづらい。でも不確定要素を信じて行動して証明することで、未科学は科学になるんですね。そして、今証明できていないだけの未科学と本当のオカルトは分けなければいけない。ではそこでどう分けるのかとか、不確定要素を信じて行動するというのはどういうことなのかというのを突き詰めるために、オカルトを否定している主人公とオカルトを妄信しているヒロインとの対立の中で事件が起こっていくわけです。
池和田
マクロの視点というのも、自分が得た経験から予測するという話ですし、それは未科学に通じるところがあるんですね。
阿部
そうですね。よく世間で言われる「物と事」ってあるじゃないですか。物というのは具体的で形式的な個としての存在、事というのは不確定要素も含んだ状態のことですよね。…これ、タイトルの意味に繋がるんですが、あのタイトルって意味わかります?
池和田
全然わからないです。MONOTOとは何でしょうか?
阿部
伴野紘太君っていう主人公なんですよ。伴野って10回ぐらい言ってみてください。
池和田
伴野、伴野、とものともの…(10回言う)。
阿部
MONOTO、つまりトモノ君のシチュエーションというのが一つの意味なんですね。もう一つの意味は、シチュエーションって状態、つまり事なんですよ。だから、「物(MONO) と(TO) 事(SITUATION)」、さらに言ってしまうと、「物 から(to) 事」へ行くべきなんだという話なんです。物で溢れている時代に精神的なところにもう一回立ち返って、不確定要素へのチャレンジが必要なんじゃないかということですね。チャレンジをしている少年と少女の頑張っている姿を見て「かっけぇ、俺もああなりたい」「可愛い、私もこうなりたい」って行動してみてほしい、という感じの主人公とヒロインとして作っています。
池和田
vol.1をプレイしてみて、ヒロインはだいぶ頼りない印象を受けたんですが、大丈夫ですかね?
阿部
パッと目を引く強さではないから頼りないように思われるかもしれないですが、Vol.2からが最高なので、ぜひ楽しみにしていてください。
例えばスポーツの試合って、相手がいる戦いだから負けても「たまたま今回は敵が強かったので」とか言い訳ができます。それに対してヒロインの真奈ちゃんは、戦いから帰る先、日常を維持して待つという役割ですね。日常の退屈さと闘いながら待ち続けるんですが、もしも戦いから帰って来てくれなかったら自分で待つのをやめるしかないから、誰のせいにも出来ない。言い訳が出来ないところで闘う子なんです。
池和田
待つというのは要するに信じることですよね。それに、たとえオカルトであっても一つのことを信じるというのは、それだけで物ではなくて事側の話なのかなと。
阿部
そうですね。それに、非日常を戦って生きる紘太君と日常を闘って生きる真奈ちゃんとがお互いに足りないところを補うことによって関係性を深めていくということが、今、結果的に一番純愛に近いんじゃないかなと思っています。
池和田
最近は共感性とか類似性が重視されているように思いますけど、『MONOTO』は全然違う者同士が補い合うという話なんですね。
阿部
共感って瞬間的には盛り上がるんですけれども、ちょっとでも違うってなったら急激に下がって終わってしまうわけです。一瞬の楽しみとしてはいいけれども日常を生きるものではない。それがみんなどこかでわかっているから、少子化が問題になっていると思うんです。恋愛って好きとか愛とか、そういったところからスタートしないと不純だという概念があって、それが息苦しさを生んでいるのかなと思います。利害関係から入るということを拒否しすぎている。
池和田
恋に恋する年頃ならば「恋愛とは利害が絡まない、純粋なものなんだ」って思うのは分かるんですが、そういうものが絶対的に正しいというのは僕も違和感があります。
阿部
自分に自信がないような繊細な子からしてみたら、好きな人に価値のない自分をどうぞということは、相手にとってマイナスなると考えてしまう。でも自分が役に立てるところがあると、自信のなさを補って対等でいられる。お互いに利害関係から入って日常を続けていけば、それが次第に愛着に変わって結果的にうまくいくこともあるはずですよね。そういうお話が今必要とされているかなと思い、ちょっと変わった主人公とヒロインになっています。
池和田
世の中の状況を見ても物と事のテーマって重要な問題ですが、個人の中に帰結するような物と事とのバランスというのもあると思うんです。ブラックな会社でひたすら物を生み出して消費されつづけるより、自分が豊かになるような事を身につけたほうが、結果的に生涯賃金が上がったり幸福度が増したり、みたいな。
阿部
そうですね。『MONOTO』というフォーマットだとオカルト的・推理的な話として人に伝えるけれども、このテーマで他にもいろいろな切り口で加工して届けられたらいいなと思っています。
池和田
vol.2のリリースは当初の予定より結構後ろにスケジュールが倒れていると思うんですが、その「いろいろな切り口」での企画が動いていたりするんでしょうか?
阿部
去年の12月にvol.1を出したことによって僕が言いたいことが形になった結果、ダイナモピクチャーズの広川社長に興味を持っていただけたんです。『MONOTO』の話よりもう少しボリュームを抑えたアニメーション企画も含めて一緒にできそうなことを提案したら、「面白そうだし、企画書が作れるレベルまでプリプロダクションを進めてみましょう」と言っていただいたので、vol.2を止めて先にそちらを進めていたんですよね。
池和田
おお、それは『MONOTO』とは別の、劇場版アニメの企画ということですよね?
阿部
そうです。それが4月か5月ぐらいにスタートして、9月になってある程度プリプロの目途がたったのでVol.2を進めることにして、ようやくリリースというところです。
池和田
いやーすごい。楽しみですね! では、完結編となるVol.3の時期については?
阿部
Vol.2の発表のタイミングで告知をしますが、Vol.3は来年の夏の予定です。最低限必要なグラフィック素材と声の収録は終わっているので、あとはアニメーションをつける作業だけなんですが、6時間分のアニメーションをつけるというのは結構大変で‥‥。インディゲームを作っている方の苦悩と一緒だと思うのですが、仕事をしながら並行でやれる範囲というのもVol.2の進捗を見てだいたいわかったので、来年の夏であればいけるかなという感じですね。
池和田
それでは『MONOTO』の結末、楽しみにしています!
池和田 有輔
フリーランスとしてWEB制作・広告制作のキャリアを経て、2013年からRépublique開発チーム(Camouflaj, LLC.)に参加。ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社に入社後はエバンジェリストとしてUnityの伝道活動に携わってます。