『旅かえる』は時折ふらっと旅に出るかえるの旅支度を整えては送り出し、帰りを待つ、いわゆる放置系と言われるゲームだ。かえるはその旅路を知らせる写真をプレイヤーに送り、また名産品をお土産として持ち帰ってくれる。そのゆるやかなコミュニケーションに癒やされている読者も少なくないだろう。
開発を手がけるのは名古屋と京都にオフィスを構える株式会社ヒットポイントだ。
多くのモバイルゲーム開発で知られているが、今作『旅かえる』は大ヒットした『ねこあつめ』のスタッフが中心となっており、ヒットメーカーと呼ぶにふさわしいチームと言えよう。中国でのヒットも話題のこのゲームについて、開発の中心である上村さんに話を伺った。
インタビュー: 池和田 有輔
上村 真裕子
大学卒業後、一般職を経て、株式会社ヒットポイントにゲームプランナーとして入社。「ねこあつめ」をはじめアプリゲームの開発に携わり、「旅かえる」では企画立案を担当。
池和田
上村さんはどのようなキャリアを経てゲーム開発に関わられたのでしょうか?
上村
最初は普通の大学を出て就職しましたが2年ほどで退職し、今の会社に入りました。もともとゲームがとても好きだったということがあり、興味本位でゲームを作るという仕事は楽しそうだなと思ったんです。かれこれ2年半前になりますね。
初めのうちはゲームには関わらず、上司の高崎の仕事ぶりから学んでいました。去年ぐらいに何かプロジェクトをたててゲームを1つ作ってみないかという話が出て、今作『旅かえる』を出させていただきました。
池和田
では『旅かえる』は、上村さんの企画・立案だったんですよね?
上村
そうですね。ただ私はプログラミングは不得手なので、高崎に技術的なサポートをしてもらいました。進行と企画を私のほうで担当し、デザイナーやプラグラマーへの細かい指示は高崎が担当しております。
池和田
大ヒットした『ねこあつめ』は同じチームの一つ前のプロジェクトですよね?
上村
はい、そちらの企画・立案は高崎が、私はアップデートの部分でプランナーをやってました。更新のプランニングも基本的には高崎メインで、そのサポートや雑務をこなしていました。
池和田
なるほど。プランニングは現場で学ばれたんですね。
上村
はい。チーム内でプランナーは私1人なので、上司が作った仕様書を見て、現場で勉強させてもらいました。なので、他のプランナーと比べると注文が抽象的になってしまったりして、スタッフの皆さんにご迷惑をかけつつも、汲み取っていただいています。
池和田
開発がスタートしたのはいつごろですか?
上村
企画自体は2017年の1月に案を上げ、上司のチェックを経てスタッフに共有し始めたのが2月の頭ぐらいですね。弊社の開発チームには6名所属しているんですが、その内の動ける4人で作れる規模のもので出そうという話から始まりました。今でこそ人気になりましたが、出すまではどうなるか本当にわからなくて。
池和田
4人体制のチームなんですね。『ねこあつめ』が大ヒットして「次はチーム規模もゲームもスケールアップを」となりそうなものですが、そういう方向には行かなかったんでしょうか?
上村
最終的な決定権を握っている上司は、シリーズを分けることも考えたようです。ですが「それは『ねこあつめ』に愛着を持ってプレイしている人たちのためになるのか?望んでいることなのか?」と考えを巡らせる結果になりまして。巡らせている間に出すタイミングを失ったように思われます(笑)。
ただ、『ねこあつめ』は当初2人だけで作っていて、1人目のデザイナーも辞めてしまっているので、後を継いだデザイナーは自分の絵柄ではなかったんですよね。だから今回の『旅かえる』では自分の絵柄で持ち味を発揮していただきました。
池和田
かえるの細かい仕草は本当にかわいいですね! ちょっと瞬きしたりとか。
上村
キャラクターデザインや動きについては私からも大まかな要望を伝えてはいますが、デザイナーの感性が色濃く出ていると思います。
池和田
『旅かえる』制作にあたって、想定していたプレイヤー像はありましたか?
上村
ウチのスタッフは可愛いものが好きなので、それに合うことを考えて10代から30代の女性をメインターゲットに据えました。
池和田
女性を中心に幅広い世代に愛されるものを、ということですね。
池和田
かえるがふらっと旅をしていくというのは、開発当初から決まっていたんですか?
上村
はい。私の中では、かえるにしたいなという気持ちは初めから強くて。ダジャレになってしまうんですが旅から「帰る」ので「かえる」というのが一番の理由です。日本や海外でもポジティブなイメージあるというのも理由の1つですね。
ただ、かえるも当初は今のかわいい感じではなく、かなり渋めというか、ハードボイルドな仕上がりをオーダーしていました。今の世界観は、チームの皆で相談をしながら作り上げました。結果的には今のデザインにして良かったです。
あとは近年、かえるではメインになるキャラクターがあまりいないなということもあって、狙い目だなというのもありました。ネコの場合は競争も激しいですし、ネコを旅に出したら、たぶん帰ってこないだろうという話にもなりまして(笑)
池和田
僕もかえるのキャラクターは「けろけろけろっぴ」くらいしか思いつきません(笑)。ところで、かえるが旅をするのは実際の日本国内ですよね?
上村
はい、実際の土地を題材にしているので、その土地を調べているときは本当に楽しかったですね。更新の際、ここの地域のこの観光名所を出そうとか、このおみやげを出したらきっと気づいてもらいやすいだろうなと、想像を巡らせるのが楽しかったです。
天橋立らしき場所にもかえるは赴く
池和田
それにしても中国での人気ぶりは本当に凄いですよね。うちの社内でも大きな話題になっています。
上村
おかげさまで先日、Google Play / App Store累計3,200万ダウンロードを達成いたしました。AppStoreではそのうち95%が中国の方ですね。
池和田
中国で受け入れられたポイントは何だったんでしょうか?
上村
初めは1月の初旬ぐらいから、一般の方の口コミでどんどん広がっていっていきました。今あちらでは日本のカルチャーが流行しているので、日本語の勉強になるというのもひとつのポイントだったかもしれません。『旅かえる』は日本の地域を題材にしていたり、ひらがなを機能として使っているので。
それから時期も良かったんだと思います。中国では去年ぐらいから、『恋とプロデューサー』という恋愛アプリが流行していました。恋人をつくった後には子育てがしたい。その流れで、日本語の『かえる』と中国語の『子供』と音が似ていることもあって、親子関係に見える。その流れで……というのをよく耳にします。
あと、中国のゲーム市場ならではの事情もあります。中国では、大きな会社が制作した長時間集中しなければならないゲームがほとんどなので、『旅かえる』や『ねこあつめ』のような、カジュアル向けのゲームが新鮮に映ったのではないでしょうか。
池和田
中国語にはローカライズされているんですか?
上村
実はないんです。日本語版のみの対応になります。ただ、これだけ多くの方に遊んでいただいているということで、海外版向けのローカライズは取り組むべき課題だと思っています。
中国の方はAndroidで遊ばれている方がほとんどなのですが、Androidで出す場合、我が社が直接出すには現地法人がないと難しく、そうなるとパブリッシャーを選定して出すことになるのですが、これが少し難航しています。初の試みになるので。
上村
『ねこあつめ』の際、規模の小さい我が社にとって、お客様の口コミが果たす役割はとても大きいことを実感しました。なので、今回も話題に挙げていただきやすいように工夫を凝らしました。
池和田
どのようなことに取り組まれたのでしょうか?
上村
『ねこあつめ』からさらにゲーム内のイラストをアップしやすく、シェアを促す設計にしています。また、キャラクターの性格をあまり言葉や文章で説明しないようにしています。想像する余地をあえて残した方が、口コミで広がりやすいというか、「私はこう思う」と感想を書き残す方が現れるんじゃないのかなと。
池和田
確かに、例えば友達らしいキャラクターが一緒にいたりするけど、関係性とかについては語られることはないですよね。それでも上村さんの中では決まっているんですしょうか。
上村
1プレイヤーとして考えたりもしますが、カエル自身に人格があるというふうにお客様に思っていただきたいので、私自身も確固とした性格や個性像を持っておりません。
それからこのゲームは、プレイヤーの方々の間で、プレイヤーとカエルの関係性をどう見るかというのがよく議論になっていまして。中国ではカエルのことを自分の子どものようにとらえている方が多いのですが、一方で友達ですとか、不思議な隣人関係、夫婦ととらえる方もいらっしゃるので、あまりこちらから設定を決めてしまうのもな、と思いまして。
友達らしき蝶と食事のひととき。はたしてふたりの関係は?
池和田
「上村さんがかえるを旦那さんとして設定していた」という内容のインタビュー記事を読んだのですが、中国では衝撃的だったようですね。
上村
あれは、前後の流れが切り取られていて。今のように「中国では親子と捉えている方が多いんですが、日本では夫婦と捉えている方もいらっしゃるんですよ」という話を、そこだけ抜き取られてしまったんです。
池和田
なるほど。ニュアンスが全く変わりますね。開発者の意図という話ではなかったんですね。
上村
そうですね。ただ、そうやって受け取り方に差が出るのがこのゲームの醍醐味であり楽しめるポイントなのかなと思います。なので、やはりこちらから設定を提示するのではなく、お客さんに想像してもらうというスタンスで行きたいと思っています。あと何年かしたら、何か披露するかもしれませんが、今はそのように考えています。
池和田
それ以外にこだわられた部分はありますか?
上村
リアリティですね。矛盾がある内容にはしたくなくて、ファンタジーになりすぎないように、全国の地図と見比べながら、実際の地理で不可能が出ないように、カエルが持てる範囲の重さのアイテムとかを考えていました。
池和田
リアルに考えられてるんですね。かえるが長い期間家に空けて3日ぶりぐらいに帰ってくるときは、相当遠くに行っているという設定なんでしょうか?
上村
はい。ゲームの中に実はマップがありまして、かなり現実に即した形のマップになっています。そのマップの中で、彼は行きたい目的地に向かって旅立っているんですね。どこから何を持って帰ってくるのかというのは、開発者側からお教えすることができなくて。完璧にランダムというか、カエルの気分です。
持たせるアイテムによる変化も、お店のほうからちょっとしたヒントを与えるにとどめています。実際に持たせて、どういう結果で帰って来るのかというのを、プレイヤーの方に実感してもらいたかったので。どのアイテムを持たせたらどこに行きます、という具体的な情報は載せないようにはしています。
池和田
そういった内部のパラメーターが全く表示されないゲームですよね。そこにも想像の余地があるようなデザインになっている。
上村
そうですね。
池和田
今後もアップデートは継続的にされていくのでしょうか?
上村
はい。当初の構想として、カエルが日本全国を旅するというものがあったのですが、今は都道府県10個しか出ていないんですね。残りの37個を追加して、全ての都道府県に行けるようにしようと計画しています。
池和田
いずれは海外に行ったりも?
上村
実はご要望はいただいております。とはいえ当初の構想の外にあったものなので、もし盛り込むとしたらどうやって導入していくべきか、これからの課題です。
池和田
Twitterで見るとかなり写真の種類やバリエーションは豊富ですよね。
上村
大きく分けると、道すがら手に入れてくるものと、あとは目的地にたどり着いてから得られる写真とがありますね。コラボやタイアップを狙った写真もありますね。
道すがら手に入れてくる写真には、持って行ったアイテムが反映されることも
池和田
なるほど。それにしても中国の人気ぶりを見ると観光産業とかにも影響を及ぼしかねない勢いですよね。「日本のここを見にきた」みたいな人がいそうな気がします。
上村
今年、春節の頃、名古屋城への観光客がすごい増えたそうなんです。もしかしたら『旅かえる』の影響かな?って。
池和田
それはすごいですね! 今後の『旅かえる』にも期待しています!
池和田 有輔
フリーランスとしてWEB制作・広告制作のキャリアを経て、2013年からRépublique開発チーム(Camouflaj, LLC.)に参加。ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社に入社後はエバンジェリストとしてUnityの伝道活動に携わってます。