『VANE』は、広大な世界の中に放り出されたプレイヤーが、そこに隠された謎を解き明かすアドベンチャーゲームだ。BitSummitやPlayStation Experienceへの出展の際には、プレイヤーの探求心を刺激する特徴的なゲームデザインに注目が集まった。
スウェーデンやアメリカ出身の5名が2014年に都内で立ち上げたプロジェクトであり、より深く浸ることのできる作品にするべく、現在も開発が続いている。今回は開発スタジオのFriend & Foeにお邪魔し、最新のビルドをプレイしつつ、開発者のマットさんにお話を伺った。
インタビュー: 池和田 有輔
マット・スミス
シアトルのゲーム会社でキャリアを積んだ後、一匹狼となり日本へ。最終的に東京のまっさらなインディーシーンへと流れ着き、Friend & Foeの一員に加わる。プロデューサー、コードの配管工、そして一番の顔役。お昼時にはMIDレーンでのSmoke Gank(※チームストラテジーゲームの急襲戦略)に熱中しているが、Friend & Foeはそれを取り上げることはない。
池和田
ゲームをしながらインタビューというのは初めての経験ですが、さて、どうしましょうかね…。まずはマットさんの役割を聞いてもいいでしょうか。
マット
プロデューサー兼プログラマ、ですね。
池和田
設立当初からチームにいるのですか?
マット
僕はプロジェクトの初期から携わっていますが、設立には関わっていないですね。他のスタッフとは2014年の東京ゲームショウのプレパーティで出会いました。その頃は他の会社で働いていたのですが、『VANE』はすごく面白そうなプロジェクトということで既に気になっていたんです。彼らがプロデューサーとプログラマを探していたので、じゃあ両方やるよってことでジョインしました。
池和田
パートナーさんとの連携を図ったり資金を調達する一方、ゲームロジックを組んだりと、役割を両立されているんですよね。
マット
そうですね。色々やっています。
池和田
プログラマは何人いるんですか?
マット
僕を含めて3人です。チームの規模からすると少なく感じるかもしれませんが、個人的には少なくて良いかなあと思ってます。『VANE』のゲームロジック自体はそう複雑ではないし、僕らのアーティストはスキルが高いから。シェーダーはShader Forge(ヴィジュアル・プログラミングツール)を使って組んでるし、アニメーションの状態遷移の管理も行ったりと、コードを書かなくてもそれに近いことはやっています。
池和田
プログラマが3人と聞いてびっくりしましたけど、うまく分業できているんですね。
マット
はい、何より僕らはアートに集中するチームでありたいと思ってます。アーティストの作る世界を一番に考えたい。それが重要ですから。
池和田
BitSummitやPlayStation Experienceを始め、幾つかのイベントに出展していますが、手応えはありましたか?
マット
体験した方々には満足してもらったと思います。一方で『VANE』はあまり展示に向いていないゲームかもしれないと思いました。
池和田
それはなぜでしょう?
マット
僕たちはこのゲームに強く自信を持っていますが、15分程度のプレイではその素晴らしさが伝わるものではないんです。30分、1時間あれば伝えられるかもしれないけど、それだと展示向きではないですから。
池和田
なるほど。確かに時間が許したところで、イベント会場でこの世界に浸ることは難しいですよね。
マット
そう、その浸ってもらうというのがとても重要だと考えています。世界に居ることを楽しんでもらう。そのために演出もかなり控えめにしています。実在感を考え、ゲームのアートスタイルを崩さない。それを考えると派手なエフェクトやプレイヤーへの指示が難しくなりますよね。でもプレイヤーにとって足りない部分も多いんです。誘導がうまくいかないと迷ってしまう。調整は大きな課題ですね。
池和田
難しいですよね。最近のゲームはとても親切でヒントも多めだけど、どうしても煩わしくなりがちですから。シンプルさって本当に様々な部分に配慮してようやく成立するものですよね。
マット
考えるべきことはとても多いです。そんなこともあり、展示中にプレイヤーの隣にいると、緊張感が半端ないんですよね(笑)。
池和田
鳥になって大空を飛び回る自由な爽快感がある一方で、人間になって探索する楽しさ、その両方が楽しめるのが良いですよね。視点が切り替わると同じ場所でもずいぶん印象が変わるなあと感じました。
マット
その融合に魅力を感じてもらいたいですけど、ゲームのデザインを行う上で難しい部分でもありますね。ルールが全く変わるので、どちらにも適したレベルを考えなければならない。
池和田
どこでトランスフォームしても破綻がないようにするだけでなく、体験内容の良さもキープしなければならないわけですよね。
マット
もう一つのポイントとして強く意識しているのは、プレイヤーの能力を最小限にするということです。基本的には落ちているものや配置されているオブジェクト、つまり環境自体を利用して謎を解いたり先へ進むゲームです。
池和田
なるほど。確かにプレイヤーは小さな存在ですよね。取り巻くものからは超自然的な力を感じるのですが。
マット
そういう大きな力を感じてもらうことが一つ、テーマとしてありますね。
池和田
開発において苦労している部分はどこでしょう?
マット
このゲームでは余分なものを極力排除していることがわかると思いますが、全ては体験に没頭してもらうためなんです。ただ、それが一番苦労していることに繋がっていますね。
池和田
ちょうど今プレイしているところでいうと、人間になっているときは必ずしもカメラが自由に動かせるわけではないことに気がつきました。
マット
まさにそのあたりですね。カメラは一番苦労しているところかもしれません。やっぱり、カメラが自由に動かせるに越したことはないんですが、そうすると視点を切り替えずに見過ごすものが生まれてしまう。
池和田
すべてのプレイヤーが望んだポイントを見るとは限らないわけですよね。
マット
だから一部の地点では強制的にカメラが変わるような形になります。このあたりの違和感をいかに解消すべきかチーム内で大きな議論になりました。最終的な結論が出たとは言えないのですが、いずれにしてもすごくスマートなカメラシステムが必要です。
池和田
気づかせるという意味でいうと、通常であればUIを使うという手もありますが、このゲームには一切のUIが存在しませんよね。UIを出さないというのはルールとして決められた部分ですか?
マット
決めています。ゲームにはUIがありません。目的は単純で、体験を邪魔したくないんです。ゲームとプレイヤーの間に何も入れたくない。理由はそれだけですね。
池和田
今ちょうど30分くらいプレイしてますが、実際にここまで一切のUIがありませんからね。
マット
タイトルロゴ、それから製品版ではメニューを入れなきゃダメだろうと思ってますけど、予定として入れるべきUIはそのくらいです。
池和田
開発にはかなり時間が掛かっていますが、リリースはまだ先になりますか?
マット
そうですね。まだすべてのコンテンツが出来ているわけではないのでα版の前段階といった感じです。すべての要素が揃っても、その後の調整がとても大変だということが分かってますから。実は当初の予定では、そろそろリリースという時期ではあったんです。でも、イベントに出展した時に、まだまだ理想のゲームには遠いことに気がついて、ちょっとスケジュールを見直すことになりました。
池和田
そのあたりの判断はマットさんが下したのでしょうか。
マット
僕の役割は選択肢を提示することで、基本的な方針はチームみんなで話し合って決めてますね。みんなが納得できるような形で。
池和田
スケジュールの延期はポジティブに捉えることが出来ましたか?
マット
遅延自体はネガティブに捉えることはなかったですね。スケジュール通りに進むゲームなんて実際にはほとんどありませんから。ただ、スケジュールがズレるたびに『VANE』から離れて他の作業をすることになったりします。その時はちょっと辛いんですよね。でも、離れてみて気がつくことも多いし、学ぶことも多いです。
池和田
その期間は外部の仕事を請け負うような形になるのでしょうか。
マット
そうですね。安定したゲーム作りのために、自分たち以外のプロジェクトにも関わります。自分たちに限らず、少人数のチームはどうしても自分が得意でないことや慣れないことをやらなきゃならない。例えば僕はプログラミングは得意なので、複雑なシステムを組むにしても先が見えなくなることはないんです。でも、慣れない作業は大変ですね。やっぱり。
池和田
ストレスに感じる部分ですか?
マット
インディゲーム開発は生き残りをかけて戦うゲームでもありますから。すべてを楽しまなきゃ、と思っていますよ。
オフィスの壁に貼られたタイトルロゴの原稿
池和田
それにしても、マットさんたちをはじめ、海外の方々が集まって東京でスタジオを作るというのは、最近本当によく聞く話ではあるんですよね。日本人としては、なぜ日本なんだろうってちょっと不思議に思うんです。
マット
スタッフが日本に来た理由はみんなバラバラです。僕の場合は妻が日本人だったので妻の故郷である日本に住んでみたかったんですよね。だから引っ越してきました。そうすると同じような境遇の人たちと知り合う機会が多いんですよね。まあ、外国人サークルというか。そこから「会社を作ろう」という話になりやすいんです。
池和田
なるほど。ちなみに日本人のスタッフはいないのでしょうか?
マット
現状は居ません。日本人の方を誘っても来てくれるのかなあ…と思っちゃうんですよね。小さな会社で働きたいと思う人がそう多くない、というのがまず実感としてあります。言葉の壁よりも考え方の違いが大きいですね…。小さな会社というのは、つまりは安定した会社ではないですから。
池和田
うーん、そういうことなんでしょうかね…。
マット
それから一緒に働く人は、全く知らない人よりも知り合いの知り合いとか、誰かの紹介などで探すことが多いんです。そうすると外国人になりやすい、というのもありますね。せっかく日本にいるし、外国人だけのチームというのはちょっと不自然という話もわかるし、日本人とも一緒に働きたいとは思っているんですよ。
池和田
もしスタッフを増やすとしたら、どのような人と働きたいですか?
マット
僕らの会社は人を管理していません。今のゲームの問題点やバグ、修正すべき部分を見つけ、実際に対応し、ゲームをより良いものにすることを、各個人が行っています。だからテーマや目指すべき方向性を理解してくれて、その作り方に共感してくれる人でないと働くのは難しいと思います。「人を管理しない」ことは、ある意味僕らの弱点とも言えるのですが、それで成立している会社です。
池和田
それは管理を各自に任せている、ということでもありますよね。
マット
そうですね。それから前提となるゲームの方向性の共有というのも、ちょっと難しいんです。全てを言葉で伝えきる自信がないというか、理解してくれる人とそうでない人がいるのはわかっているので。理解できない部分は確認してもらわなきゃいけない。人によっては難しいですよね。積極的にお勧めはできないかもしれないです(笑)。
池和田
マットさんにとって日本のゲームの魅力ってどんなところにありますか?
マット
僕のイメージは、ゼロからすごいゲームを作る独創性ですね。すごく変わった技術を駆使してそれを作ってしまうような。
池和田
それ、すごくわかります。一点突破的な突き抜け方、というような。
マット
でも今の時代の中心はやっぱりゲームエンジン主導のゲーム作りになってしまっているから、そのあたりに難しさがあるような気がしてます。Unityとか、UE4とか…。
池和田
うーん、それもわかる話ではあるんですよね…。
マット
例えば僕らが進めていたもう一つのプロジェクト『Dangerous Men』はアーティストのVictorがほぼ1人で土台を作りました。そういうアーティスト主導のゲームは日本にまだまだ少ないですよね。
『Dangerous Men』もプレイさせていただいた
池和田
僕、アーティストの方がエンジンの癖とか性質に合わせた取捨選択を柔軟に行っているイメージがあります。エンジンを使った開発はある意味ワークフローを定義されてしまいますが、そのあたりの対応性も含めてというか。
マット
一方でアーティストはヤバイところにはまることもありますね。色々試してみた結果「あれFPSが15になっちゃったけどなんで?」みたいな(笑)。もちろん試すこと自体は重要だし必要なんです。だからありがたい話ではあるんですが。
池和田
なので、プログラマがフォローしながら開発していく形になりますよね。
マット
プログラマとしては学びのあるゲームを作りたいと常々思っています。プログラマって作り方を100パーセント理解しているゲームは作りたくないんですよね。未知のことに挑戦したい。自分を成長させてくれるようなものを求めている。
池和田
それは、技術者のサガですね。
マット
バランスを取ることを考えなくてはなりませんね。クリエイターとしては、やってないことをやってみたい。学ぶことがないと、どれだけゲームが売れて、評価されても意味がないと思うんです。そしてチームを作るということは、個人ではなく、チームで学ぶことが多くなるという実感があります。そこに価値を見出せるかどうかが一つのカギかな、と思ってます。
池和田 有輔
フリーランスとしてWEB制作・広告制作のキャリアを経て、2013年からRépublique開発チーム(Camouflaj, LLC.)に参加。ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社に入社後はエバンジェリストとしてUnityの伝道活動に携わってます。