ゲームで人の心を軽くすることはできるか?「問題のあるシェアハウス」インタビュー

ゲームで人の心を軽くすることはできるか?「問題のあるシェアハウス」インタビュー

2018年5月にリリースされた「問題のあるシェアハウス」は、恋愛ストーリーを通してユーザーの心を軽く、楽にすることを目指すゲームです。男性☓女性、女性☓女性の恋愛ノベルを楽しむうちに、”いつの間にか”心が軽くなるーーそんなユーザー体験を目的とし、臨床心理を専門とするHIKARI Labの協力のもと開発が進められました。この画期的なゲームについて、HIKARI Labの清水あやこさんに話を伺いました。当日は開発を手がけたfavaryの矢田さんにも同席していただき、ゲームと臨床心理について語っていただきました。


HIKARI Labさんは、カウンセリングなどの業務も行われる一方で、RPGゲームを通して認知行動療法を行う「SPARX」の日本語版をリリースされていますよね。

清水

「SPARX」はもともとニュージーランドで開発されたゲームです。精神科医のチームによって制作されたもので、とてもうまく設計されています。楽になることができる考え方について学んだり、「現実世界で人とコミュニケーションを取ってみましょう」というような宿題を出したり、ユーザーの現実の生活を改善する方法を学ぶことが出来るような仕組みになっているんです。このゲームをリリースしたいという思いで日本で、約三年前に会社を設立したんですが、ローカライズがやはり難しくて。いずれ日本でもオリジナルのゲームを開発したいと思っていました。

ニュージーランドの首相によるYouth Mental Health Project の取組みの1つとして、オークランド大学の研究者チームによって10代向けに開発された認知行動療法の考え基づくRPGゲーム

「SPARX」は昨年の「CEDEC」でも紹介されていて、かなり衝撃を受けました。今作はどのようなきっかけで始まったのでしょうか?

矢田

「favary」は主に女性向けゲームの企画・制作を行っています。以前よりキャラクターとのやりとりを通して心が軽くなるようなアプリを作りたいなと考えていた時に、清水さんがメディアのインタビューで話されているのを読んで、その日のうちに「一緒にやりましょう!」とご連絡しました。それが去年の夏のことです。

それでHIKARI Labさんに声をかけて、一年あまりでリリースまで漕ぎ着けたというのはすごく早い展開ですね。矢田さんが心理に関わるゲームを作りたいと思った理由は?

矢田

日々の生活の中で、精神的に不安になったりする経験はたくさんの人があると思うのですが、どうにもならない不安や焦りがある時に、友達や家族に話すことが難しい場合があると思うんです。気持ちの問題だったり、夜中に連絡取りづらいとかタイミングの問題だったり。そんな時にアプリだったら気兼ねなく利用できるし、好きなキャラクターが癒してくれたら、気持ちが楽になることもあるだろうなと。また、病院やカウンセリングを利用しようとした時に、誰かに知られたくないという思いがあったりしてハードルが高いと感じている人が多いのかなという印象があり、心のケアをもっと身近に感じて欲しいなと考えていました。

そういう「他人の目」は日本だと根強くありますね。

矢田

でも海外では、「明日のプレゼンのために自信を付けたい」という理由でカウンセリングに行ったりする。心のケアがもっとカジュアルに行われているんですよね。

清水

私達も、カウンセリングはもっと気軽に受けてもらいたいと思っているんです。友達に話すようなことを話してもらっていいんですよ。

矢田

モバイルゲームなら気軽に遊んでもらえるし、心のケアをしていることを誰かに知られたくない…という人にとってもハードルが低く感じてもらえるのではないかと思って、今作を企画しました。

女性向けノベルゲームに臨床心理要素を入れるには

問題のあるシェアハウスとは:シェアハウスの管理人になって、住人である個性豊かなキャラクターと交流していくゲーム。選ぶ選択肢によってキャラクターとの信頼関係が深まっていく。タップだけでストーリーを読み進められる。ストーリーを進めると、抱えがちなストレスに効く「こころボイス」が解放されるなどの仕掛けがあるほか、HIKARI Labによる実生活で役立つヒント、信頼性の高いストレスチェックが受けられる。

女性向けのノベルゲームに臨床心理ならではのアドバイスをどのように加えていったんですか?

矢田

最初に、女性向けゲームにおいてユーザー様に魅力的だと思って頂けるキャラクターや、どんなストーリーにするかなどの設定を私が作り、清水さんと相談して肉付けしていきました。カウンセリングの経験を生かしていただいて、「こういうキャラクターはこういうバックグラウンドを持っていることが多い」「こういうキャラクターの心を開いていくには」というアドバイスをキャラクターに反映させていったんです。

恋愛ゲームだとキャラクターの魅力が大きな要素になってくると思いますが、キャラクターにはどんな特徴があるんですか?

清水

それぞれのキャラクターは、コミュニケーションが苦手だったり、頑張りすぎてしまうなどカウンセリングでもよくあるお悩みを基に制作しています。その人の特性に対して起こりがちな問題は悩み事に大別化できることもあるので、そういった知見を生かしています。

矢田

例えば、君島周というキャラクターは絵を描くことが好きで才能もあるんですが、興味のあることにだけ集中してしまい、他人やその他のことに興味を示さないのでコミュニケーションが上手くなく、マイペースに見えるけれど実は孤独を抱えていたり。白崎ららは常に笑顔を絶やさず前向きなキャラクターですが、内心では「笑顔で明るい自分でいないといけない」と思っている面があったり…なぜそう思うようになったのかというバックグラウンドや、そういった特性を持つ人がどんな行動を取るか、なども細かく監修して頂いています。

清水

また主人公がそういったキャラクターたちとの関わりを通して「すごくマイペースだけどちゃんと説明すれば理解してくれるんだ」というように上手な付き合い方に気付いていったり、「自分もあなたも完璧を目指さなくていい」と支え合えるようなメッセージをストーリーの中で伝えています。

矢田

主人公がキャラクターの心を開いていくだけでなく、個性的なキャラクターとの関わりによって、抱いていた固定観念にとらわれなくなったり、成長していったり…という変化も描いていますね。主人公像も、主に働く女性に共感してもらえるようなキャラクターにすることを意識しました。

プレーヤーの心の負担を減らす工夫

恋愛ゲームとして、どういう点を工夫されましたか?

矢田

プレーヤーは女性視点で、男性・女性両方との恋愛が楽しめるところが大きな特徴となっています。プロローグを終えると、どのキャラクターとの恋を始めるか、好きなルートを選べるようになっています。

プレーヤーに選択の幅を持たせて、多様性を生み出しているんですね。

矢田

プレーヤーの心の負担をなるべく少なくしたいので、そのための工夫をしています。恋愛ストーリーだと、「相手がどう思ってるのかわからなくて不安」ということがありますが、本作では相手の目線からのストーリーも入れて、ハラハラする展開でも、「今はこういう理由ですれ違っている」ということが分かるようにしています。もちろんドラマを盛り上げる試練や困難はありますが、心が疲れている時でも過度な負担を感じずにプレイして頂きたいので。ですからバッドエンドもありません。

ゲームが心理に与える影響とは

ゲームが心理に与える影響はこれまでにも研究されているんでしょうか?

清水

ゲームと心理の分野はまだまだ未開拓といえるものの以前から研究などは行われています。例えば恐怖症治療にVRを使用するというのは色々なところで開発・研究されてきています。

特定の目的があるゲームですね。

清水

各症状に効く心理療法は既に確立されてきているので、それに沿った形でゲームを行なっていくのはすごく効果があると思っています。

主に使用されているのはどのような疾患でしょうか?

清水

VRだと恐怖症が多いですが、鬱だと認知行動療法が効くと言われています。恐怖症以外だと、うつ病や不安障害に対して認知行動療法の技法を部分的に切り取ったものや、緊張を緩和するためにリラクゼーションできるアプリなどがあります。ただストーリー性のあるものはほとんど作られていないんです。

仕組みとして難しいのでしょうか?

矢田

「認知行動療法」のアプリを使うという時点で、かなり自覚がないと始められないですよね。特に心の不調を感じていない方にも、カジュアルに使ってもらえるアプリがあればと思っていたんです。そこで、今作は隙間時間に楽しみながら、「昨日よりも心が軽くなっているな」と思ってもらえるようなゲームを目指しました。義務感ではなく、ストーリーを自然に楽しむうちに、自分でも気づかないうちに元気になったな、と思ってほしい。そのために、ストーリーに「実生活で役立つヒント」として、コミュニケーションに役立つテクニックや、多くの人が抱えがちな悩みやストレスにどうやって対処するかというTipsを盛り込んでいます。

人の心に対して働きかけるという目的のゲームというのは、今まであまり開発されてこなかったジャンルなのではないでしょうか?

清水

専門家によるアプリは今までもリリースされてきましたが、ゲーミフィケーションと言ってもちょっと可愛いキャラクターを使う程度に留まっているのではないかと思います。

SNSが精神的に悪影響を与えると言われていたり、ソーシャルを取り入れたゲームだとユーザーに心の負担がかかると言われていたり。またスマホゲームの弊害は依存性などがよく語られますが、効能という面ではいかがでしょうか?

清水

やはり手軽にできるので、早期発見、早期改善に繋がるところではないかと思います。ゲームと言っても依存させるものは作りません。心理ケアは、ちょっとしたことを早いうちにセルフケアをしていくことで悪化を防げるので、日常的に使っているデバイスの中にこうした機能があるアプリがあることは良いことですね。

矢田

今作には過剰な消費を煽るようなコンテンツもありませんし、他者と競い合うランキングもありません。自分の好きなペースで進められるゲームにしています。また、HIKARI Labさんに作って頂いた”こころチェック”という、クイズ形式で心理にまつわる雑学を学べたり、実生活で役立つヒントが得られるコンテンツがあるのですが、そこでもメンタルの病気についての知識を得て頂けるような設問があるので、心の不調を感じた時や、身近にそういった人がいた時に「恥ずかしい」「怖い」という気持ちをなくして頂ければ、という狙いもあります。

こころチェック

どういう方にプレイしてもらいたいですか?

矢田

心の不調を感じている人はもちろん、そうでない人にも、「絵が好きだから」「こういう世界観が好きだから」「声優さんの声が聞きたい」という動機で気軽に楽しんで頂きたいです。

清水

メンタルのトラブルは、早い段階で発見・改善に繋がることが最善なのですが、従来の心理ケアのツールは「怖い」「敷居が高い」などのイメージがあって、使ってもらえないことが悩みでした。今回このような形で、すごくカジュアルに落とし込むことができたので、早い段階でケアに繋がって頂けるのではないかと思っています。


魅力的なキャラクター、読み応えのあるストーリーや心理テストなど、たくさんのコンテンツが詰め込まれた本ゲーム。「楽しみながら、いつの間にか心を軽くする」ことを目指し、丁寧に設計・開発されているのが伝わってきました。タップだけで、テンポよく進むストーリーに引き込まれます。是非たくさんの方に遊んでもらいたいゲームです。

Made with Unity - 2018年5月29日