大文字山や琵琶湖を望むエリアにある一軒家を改装し、住居兼職場としてゲーム開発者を行う夫妻がいる。夫の三橋 彰さんは数々のゲーム開発に携わったプログラマであり、妻の椎野 央子さんも同様に多くの経験を詰んだデザイナーだ。
ふたりの作品、『StarONE : Origins』は、いわゆるクリッカーゲームである。
可愛らしいキャラクター、そして謳い文句である「ゆるタップ」という言葉とは裏腹に、数々のクリッカーを研究した、熟練の開発者によって生み出されたゲームであることは、少しでもプレイしてみれば想像に難くないだろう。
本作が第一弾ゲームとなる2人のユニット「Marumittu」の挑戦は、まだ始まったばかりだ。
インタビュー: 池和田 有輔
三橋 彰
1984年生まれ。 株式会社レベルファイブにプログラマーとして入社。 その後、有限会社キュー・ゲームスに入社。 2017年7月よりインディーゲーム開発をはじめ、今日に至る。
椎野 央子
1986年生まれ。 株式会社レベルファイブにデザイナーとして入社。 その後、ソーシャルアプリ会社に勤務。 2017年7月よりインディーゲーム開発をはじめ、今日に至る。
池和田
まずは自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。
椎野
私は大学卒業後、デザイナーとしてレベルファイブに5年間ほど勤務をしました。在籍中に夫である三橋と出会い結婚をし、それを機に京都のスマートフォンのゲーム開発会社に転職し、3年ほど勤務しました。その後、昨年6月にほぼ同時に退職して『StarONE』を制作し、今に至るという感じです。『StarONE』ではデザイン全般とテキスト周りを担当しています。
三橋
僕もレベルファイブに5年間勤務し、その後京都のQ-Gamesに3年間勤務しました。そして去年の6月付で退社し、7月からこの『StarONE』の開発に本格的に取りかかり、今年の1月31日にリリースしました。プログラミングとゲームデザイン周りを担当しました。
池和田
開発期間は約半年なんですね。
椎野
最初から期間は半年と決めていました。長くやってダレてもいけないし、専業でやる以上、延ばすのは難しいよね、と話をしていたので。
池和田
開発のタイムラインはどのような感じでした?
三橋
ゲームとして動くものは1カ月ぐらいで完成して、そのタイミングで友人を家に招いてプレイしてもらいました。未完成な部分が多かったんですが、そこでは操作性がわかりづらいなどの感想をもらいました。そういうのは良いヒントになりましたね。
池和田
会社を辞める前にゲームの内容を固めていたんですか?
椎野
彼が好きなクリッカーゲームで行こうということになりました。私はどちらかというとコンシューマーゲームのほうが好きなのですが、それでも『Tap Titans』は遊んでしまう。あの面白さを踏襲して自分たちなりの面白さを付加することを考えました。「タップがあまり求められないクリッカーゲーム」というコンセプトは決めていましたね。
池和田
過去、社内で一緒のチームだったことはあったんですか?
椎野
ありません。
三橋
協業は今回が初めてです。
池和田
全く同じような話を『Missileman』の大橋さんから聞きました。彼らも夫婦で作られていて、奥さんがデザイン担当。同じ会社だったこともあるけど同じチームで働いたことはないらしく、とても似てますよね。
三橋
実は辞める前にちょうどMade with Unityで『Missileman』のインタビューを見て、「いいなあ、僕もこうなりたいな」と思ってましたね。
椎野
『Missileman』の開発の話は2人でしていたんです。「いいなあ」って(笑)。
三橋
よくできてるゲームだし、すごいなと思って。BitSummitにも来られていて、僕はお話できなかったんですけど。
椎野
遠くで見ていたんだよね(笑)。
池和田
そうだったんですね。でも夫婦での開発って、良い意味でも悪い意味でも馴れ合いみたいな部分、ありませんかね?
椎野
私、夫であろうとはっきり言うんですよ(笑)。
三橋
容赦なく言う。でも、ズバっと言ってくれることで助かっています。奥さんから指摘されることで、自分では良いと思ってるものの穴に気がつけるので。そういう性格に助けられたな、というところがありますね。
椎野
例えばある朝、彼がレベルデザインをしてくれた初期のものを15分くらいプレイしたんですが、下に降りてって「このゲームつまらないんだけど。全然波がない!」って言ったり。
池和田
ひどい(笑)。
三橋
なかなかショックでしたね。でも指摘は的を射ていました。なのでそこは真摯に受け止めて、自分なりに解釈して、また見てもらって……という繰り返しでした。
池和田
それにしても『Tap Titans』って非常に良くできていますよね。新しさを作ろうとしても、熟考を重ねるほど、似通ってしまうような難しさがありそうです。
三橋
だからこそ、そこからどう差別化するかを考えましたね。僕が『Tap Titans』でネックに感じたのは、タップをしなければ進めないことでした。なので、あまりタップしなくても進めるクリッカー「ゆるタップ」を第一目標に掲げました。
椎野
私も「女性が外でプレイしても恥ずかしくないゲームにしたい」って言ったんです。『Tap Titans』は必死にタップしなければならないんですが、それがあまり美しい姿ではないなと(笑)。
池和田
それは非常に女性らしい視点ですね。
椎野
それでいて他にはないゲーム性を、と考えて「タップしたときアイテムを落としたら?」と提案したんです。頑張った分のご褒美は欲しいよねって言って。
三橋
「ゆるタップ」だけでやりたかったので、最初は反対でしたね。でもタップ要素がまったくないと、面白くなかったんです。タップってやっぱり強力なんだなと思いましたね。
池和田
僕も最初はタップしても意味がないんだって思ってました。ただ、エネミー触るとエフェクトがあるので、面白がって触ってみたらアイテムが落ちてきて気がついた、みたいな感じです。
三橋
僕らにとってはあくまでおまけ要素ではありますが。
椎野
SNSで「のんびりタップって書いてあるけど、アイテムが落ちるのが嬉しくて、タップするから筋トレみたいになるよ」という意見も見ましたが、それはそれで嬉しいなとも思いつつ。
池和田
一旦エンディングに到達した後は、なかなか手強くなりますよね。
三橋
自分が『Tap Titans』をやっていて、こんなに頑張ってもクリアできないのか、という思いがあったので、初めてクリッカーをプレイする方など、完全にルールがわからなくても時間かければ絶対クリアできる、というのを目指しました。エンディングまではたぶん他のクリッカーに比べたら簡単だと思います。でもそこからは少し難易度が高いので、本当にクリッカー好きな人には頑張っていただけたらというかたちです。
池和田
放置メインの人、頑張ってタップする人と、いろんなプレイスタイルが楽しめますよね。主人公を強くする派とクルーを育てる派もありますし。ちなみに僕はクルーをあまり信用していないんですが。
三橋
(笑)。ちょっと主人公、強くしすぎたかなっていうのはあります。今後のアップデートでは変わるかもしれません。
椎野
検討案件になってます。ちょっと強くしすぎたかな、とは言っていて。
池和田
やっぱりバランスが一番難しいところですよね。様々な遊び方という話でもう一つ言うと、僕、キャラクターを全部重ねてしまうんですよね。ひとまとまりに。
三橋
全然ありです。それが一番速いと思います。
池和田
あ、ホントですか? 重ねることのデメリットはないんですかね?
椎野
細かく言えば、絆の証で結ばれるキャラクター同士で強化できるシステムなので、まとめてしまうと絆のつながりがわからなくなってしまうんですよね。そこさえ気にしなければ全然ありです。バラバラと並べるほうが見た目は良いですが。
池和田
陣形みたいなものがあると美しいかもしれませんね。
椎野
実は検討はしていたんですよ。アップデートで検討できたらいいかなと思ってます。
三橋
敵を囲んだらこういう効果が得られるとか。
池和田
いいですね! クルーコンボはやりにくくなっちゃうけど、陣形の効果が得られるとすれば一長一短、みたいな。
三橋
そうですね。説明がちょっと難しいな、とは思っていますが。ちなみにご存じかもしれませんが、UIの下の所まで実は動けたりもします。……こんなふうに。
池和田
知らなかった!
椎野
どこまでも下まで行けます。こっちであまり制約してしまうと、ユーザー自身が楽しんでもらえないと思って、そのあたりは自由な部分を考えてますね。
池和田
開発をしていて、一番楽しい瞬間というのはどういう時ですか?
三橋
僕は、自分の椅子に座ったときですね。
池和田
どういうことでしょう?
三橋
単純に、自分の作りたいゲームを自分で作れる、というのがとても嬉しいんです。
以前は僕の考えがあまり反映されないことが多かったんです。そうすると「自分の作ったゲーム」という実感があまり得られなかったんですね。
奥さんに考えをぶつけつつ、自分で決めながらゲームを作れるということは、8年ゲームを作っていて初めてなんです。だから、この椅子に座ってパソコンをつけるのが、自分にとっては一番楽しい時間になっています。
椎野
私も似ているかもしれません。自分が描きたい絵やキャラクターを描いて、翌日に改めてデザインを見たときに「これで行こう」となったときは、良くできたなと嬉しくなります。
今までは「100%自分がデザインしてやる」というわけにはいかず、全体のスケジュールや工数管理などの仕事が占める割合が大きくなっていました。自分の思い描いたようにゲームが作れているかというと、そういうわけではなかったんです。自分で出した答えが100%自分に返ってきて、結果として出る、という今の状態にはやりがいを感じます。
三橋
例えばゲームにバグが生じた際、今は直接こっちに来るので、サポートやお客さんとのやり取りを自分たちでやらなければいけない。そこには大変さもあるんですが、発生する責任もやりがいと感じています。
椎野
リリースして、それは実感していますね。「ああ、楽しいな」って思います。駄目だったところは自分たちに返ってくるし、それをダイレクトに見ることもできる。じゃあ次どうしようっていうところも自分たちで考えて決められるので。楽しいね。
三橋
めっちゃソワソワしますけど。
椎野
めっちゃソワソワしてるよね(笑)。
池和田
Unityの採用自体は最初から決まっていたんですか?
三橋
はい、レベルファイブにいたときから使いやすいと感じていました。なのでUnityで作ることは最初から決まっていましたね。
椎野
私も少しずつ勉強しながら使っています。
池和田
椎野さんの役割はPhotoshopやillustratorで作った素材を書き出すところまでなのかな、と思っていましたが、しっかりUnityを使って頂いてたんですね。
椎野
はい。配置や簡単なアニメーションは私がやっています。私の中ではデザイナーがやるべき仕事だし、やれた方が良いと思ったので。ゲーム制作はどうしてもプログラマの負担が大きくなってしまいますよね。ならできるだけその負担を減らせるようにしよう、と思いました。Unityは、直感的に操作できることが多いので良かったです。
池和田
UIの配置なども行っていたんですか?
椎野
配置は基本的にPhotoshopです。そのままUnityに出力できる環境を彼が作ってくれたんです。
三橋
Photoshopからの配置はUnity上である程度自動化しているので。あとはテキストの設定とかをしてもらって。お互い分業ができるような環境を意識して作っていましたね。
椎野
とてもありがたかったですね。それが無いと私が指摘するたびに作業を中断してやり直してもらわないといけなくなってしまうじゃないですか。それをしなくていいのが相当楽でしたね。
三橋
データから自動で配置するっていうのを作っておけば次のゲームでもそのまま使えるし、やる価値あるなと思って早い段階で作りました。
椎野
その一方で、デザインの量が膨大だったというのは大変でした。UIだけでも素材としては600を超えていて。
池和田
えー!?そんなにあるんですか?
椎野
それ以外に背景とクルーとキャプテンのキャラクター別データもあります。始まる時点でこの種のゲームだとデータの数は多いよな、というのはわかってたんですが、もう1日何個とか何キャラとか作りきらないと間に合わないという状況で、2頭身にしたり、そんなに描き込まなくて済む絵柄にしたり、工数を減らす工夫はしていました。
池和田
言われてみれば、装備品の種類などもいっぱいありますもんね。
椎野
全部で70ほどあります。クルーが20人いて色替えもあるので40キャラ分、敵のキャラは30ぐらいで背景も15とか。キャプテンがまたデザイン違いがあり。でも、そのあたりの量産はこれまで働いてきた会社で培ってきたところはありますね。
幅広い年齢層、それから海外でも受け入れられるよう、絵柄にはかなり気を使いましたが、とにかく物量が多く大変でした。でも、終わってみたら楽しかったです。
池和田
今後の展開についてお聞かせください。
椎野
『StarONE』は第一作目だったので、Marumittuの看板になるようなものにしようと話していました。「クォリティが高く、人を選ばないゲーム」というブランドイメージを持ってもらえるような、良い作品にしようと。
今後しばらくは『StarONE』のアップデートやバグフィックスをこなしつつ、その収益も考慮し、次作はどのくらい時間を使ってどのくらいの規模のゲームを作るか決めて行きたいですね。
池和田
では、その新作ゲームはどのようなものになりそうでしょうか?
三橋
内容についてはまだ未定なのですが、しっかりとしたゲームを作るならSteamやPS4やSwitch、カジュアルだったらモバイルになると思ってます。基本的には2人でやりたい。でも僕らじゃどうしてもできないところは、他の方々にお願いしようかなと考えています。僕ら2人の目標としては、まず個人開発でゲームを作って生活できる基盤を作ることですね。
椎野
うまく生活のバランスを保ちながらゲーム開発をして、今後も楽しく暮らせていけたら良いなと思っています。今年の秋ぐらいにはリリースできたらいいですね。
池和田 有輔
フリーランスとしてWEB制作・広告制作のキャリアを経て、2013年からRépublique開発チーム(Camouflaj, LLC.)に参加。ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社に入社後はエバンジェリストとしてUnityの伝道活動に携わってます。