医療現場にUnityを。脳動脈瘤の手術現場で使われるVRとは?

医療現場にUnityを。脳動脈瘤の手術現場で使われるVRとは?

今回のUnity探検隊は、東京大学医学部脳神経外科医局からお届けします。
業種業界を問わず、これまで様々な開発現場に訪問しましたが、東大の医学部の研究室に足を運ぶのはさすがに初めての経験です。さて、ここでは一体どのような形でUnityが使用されているのでしょうか?

今回、お話を伺ったのは外科医でもあり、またコンピュータグラフィックスや医用画像処理を専門分野とするスペシャリストでもある医学博士、金太一先生。自らの手で3DソフトウェアそしてUnityを駆使し、医療の世界に新風を巻き起こし続けています。

今日は宜しくお願いします。

はい、宜しくお願いします。

金先生の開発されたこちらのシステム、ひとことで言えば脳動脈瘤、つまり脳の外科手術のVRシミュレータ、ということになるのでしょうか。

そうですね。執刀する医師が事前にシミュレートすることで手術の精度を上げることを目的としています。つまり手術シミュレーションを臨床医療に応用した形ですね。

それに関する論文も発表しているんですよね?

ええ、内容を簡単に説明しますと、脳動脈瘤の患者さん8人を対象にしており、手術前に執刀医が本ソフトウェアを使用し、その手術シミュレーション通りに手術が遂行できたことがまとめられています。もう一人の脳神経外科医、庄野 直之と共同でシステム開発と論文執筆を進めたような形でした。

Unityの臨床医療への応用例というのは珍しいのでしょうか?

報告自体は増えてきています。ただ今回は、実際の手術に役に立ったことを証明し、かつそれが複数の患者に対してうまくいったのがノイエス(新しいところ)です。

このシステム、名称としては何とお呼びすれば良いのでしょうか?

論文中では「Clip Sim」と呼んでいます。クリップという言葉は手術に使う機材である脳動脈クリップから取っていますが、実は名称についてはあまりこだわっていないんですよね。

実際の「Clip Sim」の様子。leap Motionで手の動きを検出している

では、改めて「Clip Sim」についてお話を伺わせて頂きます。具体的にはこちらはどのような仕組みで成り立っているのでしょうか?

まず、患者さんのMRIデータからモデルデータを作成します。MRIというと最新の医療機器という印象があるかもしれませんが、実は縦横512ピクセルしかないんですよね。その数千枚のデータから脳のモデルデータを起こすわけです。ただ、そのまま気にせず行うと1000万頂点くらいになってしまいます。

ポリゴン数が非常に多いんですね。

はい、ですのでまずリダクションを行います。そしてUnityに取り込んで、実際の脳動脈瘤手術を行う前にVR上で手術のシミュレーションを行うわけです。これがその映像ですね。

これは…なかなか生々しいですね。

クロスシミュレーションによってプニプニを再現している部分もあり、なかなか生々しい

ですよね。ちなみに定期的に鳴っているのは心臓の音です。脳って実は拍動、つまり心臓の音で少し揺れるんですよ。そのあたりも再現しています。

あ、本当だ。たしかに小刻みに動いてますね。実際の人体もこんなかんじなのでしょうか。

そうですね。こちらのほうが臨場感があるかなあと思って(笑)。

こだわられて作っているんですね(笑)。

鼓動によって揺れる様子

動脈瘤自体は、すごく小さなものなのですよね?

そうですね。だいたい5ミリくらいです。

ええ!そんなに小さいものなんですか? それが人体に深刻な影響を及ぼすって、考えてみると恐ろしいですね。

そうですね、だいたい三分の一くらいの方が亡くなってしまいますから。これが破れてしまうのがいわゆるクモ膜下出血ですので、そうなる前に手術が必要になるわけです。

手術前にシミュレーションすることは、いわば予行練習でもあると思うのですが、それによって執刀医の方が精神的に楽になることなども期待できるのでしょうか?

その点については非常に大きな効果を得てますね。まず切るべき箇所の検討しなければならないのですが、それを事前にシミュレートしているわけですから、実際の手術はその手順を再確認するような形になるわけです。あたかもデジャブのように。実のところ、動脈瘤の手術って見失ったり、けっこう迷うことがあるんですよね。「あれ、ないぞ」というような…。

5ミリであれば見つけるだけでも大変そうですよね。現在はどのくらいの使用例があるのでしょうか。

論文執筆時点では8例、つまり8人の患者さんのシミュレートを行いましたが、現在は18例のサンプルがあります。この手術のたびに使っており、今ではすっかり欠かせないものになりました。

その他、期待できる効果はありますか?

例えば手術に使う動脈瘤クリップは種類だけでいうと100種類くらいあるんですが、一度使ったものを他の患者さんに使うわけにはいかないので、事前に使うものを決めておきたいんですよね。論文にも記しましたが、シミュレーションの段階で使ったものと実際に使ったものが8人中6人と高い割合で一致しています。

つまり、あらかじめ使うクリップを決めることができるわけですね?

そうです。そうしないと3回4回と変えて手術することもあるんですよ。実はこのクリップは一つあたり数万円しますので、経済的な効果も少なくありません。また、変えることは手術時間が長くなることでもありますから、患者さんへの負担も大きくなるわけです。となると術後、退院までの期間にも関わってきます。使うべきクリップを決めるというのは様々な意味で重要なんです。

シミュレータでは形状の異なる23種類のクリップが扱えるようになっている

よくわかりました。ところで、このシステムは医師にとって手術のスキル向上にもつながるものなのでしょうか?

それは、非常に重要な質問ですね。結論から言うと、このシステムの目的はトレーニングではなく、手術に向けての戦略立てや検討ですので、手先が器用になることや手術がうまくなることは目的としていません。それは優先順位の問題で、開発をはじめた時点では手術の練習よりも戦略を立てることに重きを置いた結果であります。ただし一方でトレーニングも重要だとは思っており、実はこのシステムとは別に開発を進めています。残念ながらまだお見せできる段階ではありませんが。

金先生は他にも「iRis」を始め、様々なツールの開発を行っていますよね。僕は先生がご自身の手で開発を進めているということに非常に感銘し、またびっくりもしました。そういった情熱はどこから来るのでしょうか?

医療現場で使用される高精細頭部解剖アプリ「iRis」

たとえば人体のモデルデータひとつ取っても世の中には非常に多くの種類がありますよね。ただ、それが果たして医療の現場で使えるレベルかというと、難しいんですよね。やはり医者でなくてはわからないこともたくさんありますし、実際に手を動かすことは重要だと思っているんです。もともと20年ほど前から他の医師がコツコツと作ってきていたものを引き継ぎ、私がモデリングを始めてからは7年間、ずいぶん長くやってますね。

いやあ、もう、凄いとしか…。ツールだいぶ様々なものを使われたんじゃないでしょうか。

そうですね、いろいろ扱いましたがModoがメインですね。といっても開発チームにモデラーを入れたので、以前ほどモデリングをやらなくなりましたが。

独学となると習得も大変ですよね。

そうですね。過去にはわからないことがあって2chで質問したりもしましたね。ググレカスみたいに言われたこともあります(笑)。まあ、最初は本当に手探りでしたね。

Unityはいつから使われたんでしょうか?

4年ほど前になりますね。やっぱりソフトウェアを作りたいなあと思ったんです。プログラミングも初心者だったんですが。

となると今ほど情報が多くはないですし、大変だったのではないでしょうか。

とにかく本を読み漁りました。電子書籍も含めればUnityの本だけで10冊以上は買ったと思いますね。まあ大変なこともありましたが、現在はUnityカンファレンスで知り合った方々と共同で研究を続けており、Unityは大活躍していますよ。最近はAIを使った手術シミュレータを開発中です。

それもすべて金先生の情熱があってこそだと思います。本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

池和田 有輔 - 2017年11月20日