『人形の傷跡』は1999年のリリース以来、シナリオの練られた名作アドベンチャーゲームとして多くの支持を得たゲームだ。行方不明になった姉を探しに単身上京した主人公の周りで猟奇的な事件が次々と起こり、事件の真相が徐々に明らかになっていく。
そんな本作『人形の傷跡』のリメイク版がこの度Steamにてリリースされた。Steam版は自社開発タイトルとしては「唯一」販売価格が設定されたタイトルということからも、開発チームであるチャイルドドリームの特異な点がわかるだろう。
代表を務める宮下さん曰く「あまり類例がない」チームとして、どのようにゲーム開発に取り組まれているのか、考えを伺った。
インタビュー: 池和田 有輔
宮下 英尚
ゲームプランナー/シナリオライター/投資家。物語を重視したRPGやアドベンチャーゲームがヒットし、株式会社Child-Dreamを設立。PS3『FolksSoul~失われた伝承』では全シナリオ担当。他、人気棋士が出演する将棋ミステリー『千里の棋譜』など独自制作多数。長年の制作と運用の結果、ゲーム公開の非営利化を実現。ゲームと物語の可能性を追求し、人の心に深く残るものを作り続けることがライフワーク。
池和田
宮下さんは今まで多くのゲームを手がけられていますが、最初の作品は何になるのでしょう?
宮下
大学院1年生の頃に作った『Lost Memory』というRPGです。『RPGツクール』を使って、既存のものにないストーリーを考えたいと思って作りました。97年なので、もう20年前になります。
池和田
この作品は2部構成で、1部がフリー2部がシェアウェアという形だったんですね。
宮下
そうですね。つまり「ゲームを面白いと思った人は後編を買ってください」という感じですが、そのやり方が当時ちょうどハマったといいますか。個人制作としては売り上げはなかなかのものでした。
池和田
となるとやはり第一部の終わりは良いところで終わってしまう、「続きがどうなるの?」と期待させるような「引き」がある展開なのですか?
宮下
そうですね。いかに面白い所まで引っ張って、そこで勝負するということですね。やはりシナリオが面白くないと後編を遊んでもらえないので、いかにシナリオを面白くするかということを、ずっと考えてましたね。
池和田
この販売スタイルは、当時一般的だったんですか?
宮下
いえ、あまり一般的ではなく、我々が最初だったと思いますね。
池和田
『Lost Memory』に限らず、宮下さんのシナリオは一貫して評価が高いと思うんです。
宮下
子どもの頃からなんとなく「ゲームを作りたいな」という思いがあったんですけど、プログラミングと企画の違いもよくわからず、どちらかというとプログラムが好き、という感じだったんです。実際に作ってみると、わりとシナリオには適性があって、逆にプログラムはツールを使わないと難しい部分が多く、ちょっと自分には向いてないなと思いました。なのでシナリオに特化したようなゲームで勝負したいと思うようになりましたね。
池和田
当時からゲーム制作を仕事にしようと思っていましたか?
宮下
そこは全く考えずに作りました。ただやっぱり、会ったことのないネットの向こうの人が、自分が作ったものに価値を感じて買ってくれたというのが非常に嬉しかったんです。ゲームを作ることの魅力と面白さを感じて、大学院を中退し、起業する形になりました。ゲーム会社に就職するとかは全然考えていなかったので、その経験がなければ普通の会社に入っていたと思います。
池和田
今回Steamでリリースされた『人形の傷跡』も『Lost Memory』同様、元々はWindowsのスタンドアローンアプリとして出されたんですよね。
宮下
はい。『人形の傷跡』は何度もリメイクしていて、一番初めはPC版で、『RPGツクール』で作っているものになります。そのあとはパソコン、携帯のiモード版、iPhone版の古いバージョンと新しいバージョンとか。いろいろな展開をしているので、ダウンロード数は概算で100万は行っていると思います。
池和田
リリースする時代は変化してますが、ストーリーは変わっていないんですか?
宮下
ストーリーはそのままですね。幾つか時代を反映するようなキーワードもあり、ある種の懐かしさを感じる人もいるのではと思っています。ただ、ゲームバランスは結構変えました。昔の方がキツかったと思います。今はさらにライトユーザー向けのバージョンを出した方がいいかなと思っています。もう完全にノベルみたいな感じで、選択肢を選んでいけば解けるものの方が今風なんじゃないかな。
池和田
長いキャリアの中で、セリフの細かな部分や物語の語り方に変化はありましたか?
宮下
一作目の頃はスーパーファミコンからプレイステーションに移り変わる時代だったので、セリフの表現を簡単に書いていました。しかしここ20年でゲームの言葉も難しい表現が多くなってきていますよね。自分も知らず知らずのうちに文章量が多くなってしまって、会話一つとっても、ちょっと重くなっていると思います。昔の方が気楽に書いていて、洗練されてはいないんですけど、その方が読みやすかったかな、と思うことはありますね。
池和田
ドット絵のキャラクターだからシンプルな会話でも成立したけど、実在感を持たせるためには表現を変える必要がある、というような?
宮下
それもありますが、昔はゲームをガッツリやるユーザーさんが多かったので、少しの説明でも頭の中で補足してくれたんです。ライトなユーザーさんが増えるにつれて、説明が多くないとわかってくれなかったり、読み飛ばすような人も多くなった。そういう流れが出てきている感じですね。
池和田
iOSやAndroidの『人形の傷跡』、それに最新作の『千里の棋譜』も、無料でリリースされていますよね。マネタイズはされてないのでしょうか。
宮下
もう、一切していないです。実は今は投資運用をかなり本格的にやっていまして、お金の面だけ見ればゲームで無理してマネタイズしなくてもいいかなという状態なんです。独自で制作するゲームに関しては完全無料。広告もなし。スマホでは珍しいかもしれません。
池和田
それは、珍しいと言うか聞いたことがない話です。
宮下
広告も何もないので逆に怪しまれて「何か情報を抜き取られているんじゃないか」というようなことをレビューに書かれたこともありました(笑)。無料でしかやらないという人も多いですし、独自でリリースする分に関しては、こういう形でやってみるかなと。
池和田
自社作品はプロモーションという位置付けであり、「一人でも多くの人にプレイして欲しい」ということでもありますよね。
宮下
その通りです。今後はどれぐらいの人にいいものを届けられるかということにこだわっていきたいんです。有料にしたことでその数が大きく減るようだと、逆に損をしてしまう。今はたくさんの人に遊んでもらうことをメインに考えてやってます。
池和田
『人形の傷跡』についてはSteam版が唯一有料と言うことになりますよね。
宮下
そうですね。世界展開を踏まえてパブリッシャーさんと組んでいますので、さすがに無料というわけにはいきません。価格帯はちょっと高めですが、リリース前に自分が想定していた以上に買っていただいています。
池和田
今後のことについて教えてください。
宮下
まだ発表していないんですけど、放射線というテーマでRPGを作ってくれという、放射線の研究機関から依頼がありまして。次回作は科学系で行きます。おそらく珍しい試みになると思います。
池和田
開発は始まったばかりですか?
宮下
シナリオの構想を立てている段階です。悪者と見られている放射線、それを正しく理解してもらうような物語展開ですね。
池和田
教育的な価値があるような?
宮下
啓蒙という感じですかね。教育という風になってしまいゲームとして面白くなくなってしまう、それは絶対に避けたいんです。あくまでゲームとして面白い、RPGとして成立させることが前提で、遊んでみたら危ないと思っていた放射線というものが少し身近になっている、ちょっと科学を勉強した風になる、そういったものを目指してます。
池和田
放射線について正しく理解してもらいたい、ということですね。
宮下
そうです。誤解を払拭できるようなものがあればと。それから最近は科学離れもあり、この分野の研究者も不足することが予想されるので、興味を持って欲しいという意味合いもあります。
池和田
ゲームの概要はどのような形になりますか?
宮下
今考えているのは、導入としては何かガンに近いような病気が蔓延する中で、それを助ける救世主となる「レイ」と呼ばれる技術がある。だけど、その「レイ」は前時代の遺物みたいなもので危険なもの、少なくとも安全管理をしっかりしないといけないものなんです。つまり「レイ」を使っていいのか、良くないのか、どのように使っていくか様々な意見があり、管理している人たちの間で争いが起こります。
つまり「レイ」は現代では放射線であり、ゲームを遊びながら偏見を払拭していく形です。放射線が現代でもガン治療に役立っていることが分かるし、同時に危険なものだということを知ることができるんです。どれぐらい危険で、どうすれば安全に使えるのかみたいなところも、ゲームの中で主人公と一緒に分かるようになる。
旅行中、構想中のファンタジーのイメージに近い写真が撮れた pic.twitter.com/TjQNeIx3BC
— Mysta『千里の棋譜』完結! (@dollq) 2017年7月26日
池和田
メタファーとしての放射線ですかね。
宮下
ゲーム内ではいきなり放射線という言葉は出さないと思います。ただ「放射線RPG」というと「なんなんだこの組み合わせ!」という引きがあるので、公言しちゃいますけどね。世界初、放射線をテーマにしたRPGみたいな感じで自己ブランドを作って。
池和田
それだけでもバズられそうな感じはしますよね。
宮下
私は無料でやっているので、モチベーションをどこに持って行くかみたいな問題がそこそこあるんです。そういう意味では社会的な意義があるプロジェクトだと、モチベーションにつながります。
池和田
宮下さんならではの悩みかもしれませんが、何年もかけて作るものだとすれば尚更ですよね。
宮下
そうなんです。そこは『千里の棋譜』でもテーマでしたが、将棋の魅力を伝えるためのゲームという位置づけで、将棋のプロ棋士の方に様々なご協力をいただいたり、プレーした方から将棋を始めるきっかけになったという言葉が多く寄せられ、励みになりました。
池和田
収入を得る以外の目的を自ら課すところから始まるわけですね。宮下さんは僕が今までに取材した開発者とは、いろいろな意味で違います。
宮下
あまり類例はないかもしれません。「仕事はなんですか?」と聞かれたときに、ちょっと困ることもあって。「投資家です」とはあまり言いたくない。やっぱり「クリエイターです」と言いたい。でも、今はクリエイターとしての収入を断っているわけですから。
池和田
そのワークバランスは作りたいもの、あるいは作るべきものがあるから成立しているわけですよね。
宮下
フリーで出していると言うと、アマチュア的に思われることもあると思いますが、制作チーム全体がプロであるという意識やプライドは持っています。例えば「無料のわりにはまあまあ面白かった」という感想をいただいても、それはあまり嬉しくない(笑)。無料だから手をかけていない、有料だから手をかけて作っている、そういうわけではないので。むしろこの環境だからこそ、作り込めている。このやり方でクオリティを保った制作を行いたいと思ってます。
池和田 有輔
フリーランスとしてWEB制作・広告制作のキャリアを経て、2013年からRépublique開発チーム(Camouflaj, LLC.)に参加。ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社に入社後はエバンジェリストとしてUnityの伝道活動に携わってます。